「いや、だって昔話とかだと大体人間を凍死させるじゃん?」

 我ながら雪女の目の前ですごいこと言ってるな、と思った。

「それは迷惑な誰かが勝手に作った話でしょ。空想と現実を一緒にしないで」

 ムスッとした表情を崩さず、彼女はそう言った。
 あ、これはもう無理なやつだ、と思った。ここまで来てしまったら、いろいろ隠すのもなんだかバカらしい。そう感じた俺は、素で接することに決めた。

「そもそも現実の雪女っていうのもよくわからないけどな」

「目の前にいるのがそうだって!」

「あー、わかったわかった」

 俺は乱れた病衣を整えつつ、小さくため息をつく。
 これはもう常識で話さない方がいい。こっちの常識が相手にも通用すると考えるのは、ただの独りよがりだ。……まぁ、雪女と話している時点で、既に常識もへったくれもないのだが。

「それで、どうして雪女がこんなところにいるんだ? しかもこんな季節外れに」

「ねぇー、さっきから一言多いよー?」

 彼女は不満げに顔をしかめた。

「あーはいはい、すいませんでしたー」

 なんだか面倒くさく感じて、俺は適当に返事をした。

「もう。まあ、いいや。私はあなたに用があってここにいるの」

「俺に?」

 なんだ? 俺は雪女になんかしたか。小さいころに食べた雪に実は仲間が入ってました、とか?

「なんか、変なこと考えてない?」

 どきりとした。が、なんとか平静を保って答える。

「考えてねーよ。早く用件を言え」

「せっかちだなぁ」

 彼女は俺の目を覗き込むようにかがむと、その青い瞳で俺を見据えて口を開いた。

「私と、契約を結んでほしいの」

「契約?」

 突然何を言い出すんだ、こいつは。
 いよいよ変な話になってきたな、と思った。俺はまだ十七歳で、契約らしい契約なんて結んだことがない。第一、「契約」という響き自体あやしすぎる。

 新手の詐欺か何かか?

 俺はそう訝しみながらも、とりあえず立ったままの彼女に隣に座るよう促した。彼女は、純真な期待の眼差しを俺に向けつつ、スッと座った。そんな彼女の様子には、うそをつくとか騙そうとしている感じが微塵もなかった。

 ふう、と小さく息を吐く。
 俺は警戒心を少しだけ和らげることにした。曲がりなりにも、この雪女は俺の発作をなんらかの方法で収めてくれたことには違いない。なら、話くらいは聞くのが筋というものだ。
 そう心の中で結論付け、俺は口を開いた。

「それは……どんな内容なんだ?」

「え! 結んでくれるの?」

 気が早すぎるだろ、と思った。

「それは聞いてみないとわからない」

「んー、それもそうだね」

 彼女はその白くすらっとした足を交互に振りながら、おもむろに話し始めた。

「私ね、一度でいいから、真夏の空の下で生きてみたいんだ」

 それが、俺と雪女との、不思議な関係の始まりだった。