人間という生き物は、どうしてその時の感情や状況にかかわらず眠れるのだろう。
目を覚ました俺は、そんな自己嫌悪にどっぷりと浸かっていた。
時刻は、四時半。
まだ夜明け前で、あたりには闇と静寂が漂っている。
ベッドの上で上半身だけを起こし、身体の調子をみる。
焼けるような痛みもなければ、苦しい動悸も、激しい倦怠感もない。
痛熱病の症状にあたるそのどれもが、跡形もなく身体から消えていた。
「……夏生?」
零れるようにつぶやく。
「……夏生、うそだろ?」
まだどこかに、彼女がいるような気がして。
「うそだと……言ってくれよ」
それでも、返事はなかった。
「うっ……あああぁぁぁぁ……」
抑えきれなかった。
視界がぼやけた。
数瞬遅れて、どうしようもない喪失感が襲ってきた。
その心の痛みは、痛熱病の痛みよりも耐えがたく、辛かった。頭では理解できていても、心が受けつけなかった。
――退院後の自分に向けて、手紙書こうよ!
その時ふと。過去と、夢での、夏生の声が心の中で響いた。
「退院後……」
昨日、夏生は自分が消えるのは最初に気づいたと言っていた。それはつまり、あの時のタイムカプセルはそのつもりで書いた、ということだ。
どういうことだ?
ほとんど停止している頭を必死にめぐらす。
退院後には、夏生はもういないはずなのに。
胸のどこかが、ざわめいた。
まさか……。
夏生に、呼ばれているような気がした。
俺は、念のためにと身体に付けられた計測パッチを全て引きはがした。サイドボードの引き出しに隠しておいた小さなスコップを取り出すと、無我夢中で病室から駆け出した。
***
「はぁ……はぁ……」
息が続かない。肺が痛い。
それでも、俺は病院の階段を全力で駆け下りていた。
看護師さんや当直の先生と鉢合わせしなかったのは幸運だったと思う。もし見つかろうものなら病室へと強制送還されるだろう。もちろん、その時はあらゆる手を尽くして裏庭を目指していただろうが。
階段を降り切り、正面に伸びる廊下の角を二回ほど曲がって、勢いよく裏庭の扉を開けた。
一瞬、舞い落ちる雪が、見えた気がした。
「夏生……」
しかしそこには、一面の暗闇があった。
軽く頭を振ると、ほぼ手探りでタイムカプセルを埋めた木を探し始める。
その木はすぐに見つかった。
目印として置いてあった特徴のある石をどけ、持ってきたスコップで地面を掘る。
しばらく掘ると、カチンと音がした。
「あった」
見つけたガラス製のビンは、まだ真新しい状態で埋もれていた。
慎重に持ち上げて、ビンの蓋を開ける。
そこには、二通の封筒があった。
ひとつは、俺が書いた手紙。
もうひとつは……
「夏生の、手紙」
ひまわりが端々に咲いている、何とも夏らしい、夏生らしい封筒だった。
恐る恐る手紙の封を開く。
心臓が、うるさいくらいに脈打っていた。
――佳生へ
東の空が、ぼんやりと白み始めていた。