*
「はぁ、はぁ、はぁ……」
赤く、黄色く彩られた木々が、視界の端で後ろへと抜けていく。私にとっては生暖かい風が吹き、舞い揺れ落ちた葉もどんどん後ろに飛んでいった。
思った以上に重い手足を必死に動かし、私はなんとか水辺までたどり着いた。
「まさか……みんなが、いるなんて……」
全く聞いてない。
いや、当たり前なんだけれど。それでも、そう思わずにはいられない。
私は、目立たない木陰でうたた寝をしてしまっていた。昨日夜遅くまで病院にいて、帰ってきたのが昼だったから。
そんな中ふと気がつくと、聞き覚えのある、どこか安心する声が聞こえてきた。
ああ、夢なんだろうな、なんて思いながら目を開けて……びっくりした。遠目に見えたのは、夢でも幻でもない、懐かしくも愛おしい人たちだったから。
そこですぐに逃げていれば良かったのに。私はどうしても、もう少しだけみんなのことを見ていたかった。そしたら、話し声が聞こえてきて……岡本くんも奈々ちゃんも、私を探してくれてたことがわかって……嬉しくなった。怖いから会いたくもない、って思われても仕方ないって、思ってたから……。
思わず飛び出してしまいそうになった。でも、踏み留まれてよかった。
「はぁ、はぁ……あと少し……」
水辺を迂回し、まだ色づいていない茂みをかき分け、さらに奥へ。
もう戻ってこないつもりだったのに、ダメだな私。
でもここまで来れば…………ううん。ここに来れば、多分大丈夫。
今日で、最後だったのに。
最後の最後で、彼は起きた状態で、私の近くまで来てしまった。
「でも、私の気持ちは変わらない」
自分に言い聞かせるように、そっとつぶやく。
私に触れた葉が、土が、空気が、白く輝く。
微かな霜が生まれ、小さな水たまりがピキッと音を立てて凍った。
それでも、澄んだ青空はいつまでも青く、曇ることはなかった。
*
「おーい。この辺ってさ、前にキャンプしたとこじゃね?」
靄があった場所の周辺を三手に分かれて探していると、岡本が不意に声をあげた。
「あ、そういえば」
見覚えのある木の配列に、いくつか転がっている大きな石。キャンプ好きな父親が、「この辺は人があんまりいないから、自然を感じてキャンプするにはちょうどいいんだ」と得意げに話していたのを思い出す。
「ってことは、もしかしたら夏生ちゃんもこの辺りにいるかもしれないね!」
佐原さんは明るくそう言うと、「夏生ちゃーん。いたら出てきてー!」とまた探し始めた。
「俺も、探すか」
二人に背を向け、隠れられそうな茂みの裏や、木の影をのぞき込んでみる。
つい一ヵ月半前に、夏生と笑い合っていた場所。
トウモロコシがなかなか切れなくて、あいつに笑われたっけな。雪女だから扱ったことなさそうなのに、包丁使いがやたらと上手くて、俺の母さんに「良いお嫁さんになるわ~」なんて気に入られて……。
「そういえば、あの時……」
そこでふと、彼女が唐突に聞いてきた言葉を思い出した。
――ちなみにさ、佳生はその時のこと覚えてるの?
俺が十歳の時の話になって、迷子になって泣いて出てきたことを母親が面白おかしく話してて……。その後に夏生は、確かにそう聞いていた。
今日ここに来る途中のバスで蘇った、七年前の記憶。
キャンプに行く前も、彼女は気にしていた。
そして、いい思い出があるって――。
「もしかして……」
俺の中でひとつの仮説ができあがったのと、偶然手を触れた石の冷たさにぎょっとしたのは、ほぼ同時だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
赤く、黄色く彩られた木々が、視界の端で後ろへと抜けていく。私にとっては生暖かい風が吹き、舞い揺れ落ちた葉もどんどん後ろに飛んでいった。
思った以上に重い手足を必死に動かし、私はなんとか水辺までたどり着いた。
「まさか……みんなが、いるなんて……」
全く聞いてない。
いや、当たり前なんだけれど。それでも、そう思わずにはいられない。
私は、目立たない木陰でうたた寝をしてしまっていた。昨日夜遅くまで病院にいて、帰ってきたのが昼だったから。
そんな中ふと気がつくと、聞き覚えのある、どこか安心する声が聞こえてきた。
ああ、夢なんだろうな、なんて思いながら目を開けて……びっくりした。遠目に見えたのは、夢でも幻でもない、懐かしくも愛おしい人たちだったから。
そこですぐに逃げていれば良かったのに。私はどうしても、もう少しだけみんなのことを見ていたかった。そしたら、話し声が聞こえてきて……岡本くんも奈々ちゃんも、私を探してくれてたことがわかって……嬉しくなった。怖いから会いたくもない、って思われても仕方ないって、思ってたから……。
思わず飛び出してしまいそうになった。でも、踏み留まれてよかった。
「はぁ、はぁ……あと少し……」
水辺を迂回し、まだ色づいていない茂みをかき分け、さらに奥へ。
もう戻ってこないつもりだったのに、ダメだな私。
でもここまで来れば…………ううん。ここに来れば、多分大丈夫。
今日で、最後だったのに。
最後の最後で、彼は起きた状態で、私の近くまで来てしまった。
「でも、私の気持ちは変わらない」
自分に言い聞かせるように、そっとつぶやく。
私に触れた葉が、土が、空気が、白く輝く。
微かな霜が生まれ、小さな水たまりがピキッと音を立てて凍った。
それでも、澄んだ青空はいつまでも青く、曇ることはなかった。
*
「おーい。この辺ってさ、前にキャンプしたとこじゃね?」
靄があった場所の周辺を三手に分かれて探していると、岡本が不意に声をあげた。
「あ、そういえば」
見覚えのある木の配列に、いくつか転がっている大きな石。キャンプ好きな父親が、「この辺は人があんまりいないから、自然を感じてキャンプするにはちょうどいいんだ」と得意げに話していたのを思い出す。
「ってことは、もしかしたら夏生ちゃんもこの辺りにいるかもしれないね!」
佐原さんは明るくそう言うと、「夏生ちゃーん。いたら出てきてー!」とまた探し始めた。
「俺も、探すか」
二人に背を向け、隠れられそうな茂みの裏や、木の影をのぞき込んでみる。
つい一ヵ月半前に、夏生と笑い合っていた場所。
トウモロコシがなかなか切れなくて、あいつに笑われたっけな。雪女だから扱ったことなさそうなのに、包丁使いがやたらと上手くて、俺の母さんに「良いお嫁さんになるわ~」なんて気に入られて……。
「そういえば、あの時……」
そこでふと、彼女が唐突に聞いてきた言葉を思い出した。
――ちなみにさ、佳生はその時のこと覚えてるの?
俺が十歳の時の話になって、迷子になって泣いて出てきたことを母親が面白おかしく話してて……。その後に夏生は、確かにそう聞いていた。
今日ここに来る途中のバスで蘇った、七年前の記憶。
キャンプに行く前も、彼女は気にしていた。
そして、いい思い出があるって――。
「もしかして……」
俺の中でひとつの仮説ができあがったのと、偶然手を触れた石の冷たさにぎょっとしたのは、ほぼ同時だった。