「この辺り、薄っすらとだけど曇ってない?」
立ち止まった佐原さんは、目を凝らして周囲を見渡した。
言われるがままに、俺もグッと目に力を入れて見てみる。
さっきまでいた回遊路から少し外れた、木々の間にある空き地。見渡して視界に映るのは大小さまざまな樹木と、燃え上がるように染まった紅葉の葉ばかり。
特にそうは見えないけどなと思いつつ、ふと上を見上げた時だった。
「あっ」
あとは西に沈んでいくだけの太陽から放射される日光の前で、湯気のようなものが微かに揺れていた。でもそれは一瞬の出来事で、数十秒後には消えてなくなった。
「俺も見えたぞ、靄みたいなやつ。……でも、それがどうしたんだ?」
岡本はそう言って、小首を傾げた。
「もう、佳くん。靄や霧ができる条件、学校で習ったでしょ?」
「忘れた」
「基本的には、風がないところの、水蒸気をある程度含んだ空気が冷やされてできる、って感じだったはず…………って、そうか!」
暗闇を照らす一筋の光のように、それは俺の頭の中に降りてきた。
「うん。多分この場所だけ、ついさっきまで気温が下がってたんだと思う。私がさっき気づいた時は、もう少しだけ濃かった気がするから」
つまりさっきのは、消える寸前だったということだろう。
「ってことは……」
「さっきまで、夏生がここにいた……」
岡本と俺の言葉が、重なった。
「よっし! 俄然やる気が出てきた! 霜谷、奈々、もう少し頑張ってみようぜっ!」
素直に喜ぶ岡本の横で、俺は自分の心に浮かんだ懸念を拭いきれないでいた。
どうして、夏生は逃げたんだろう。
いや、もしかしたら「逃げた」というよりは「避けた」のかもしれない。さっきまでここにいたということは、俺たちが来ていることや、ひょっとすると会話まで聞いていてもおかしくない。なら、俺たちがどれほど夏生と会いたいかはわかるはず……。
ショッピングモールの時。俺は、夏生が林の中へと逃げたのは岡本と佐原さんに見られたからだと思っていた。だから、もう契約は続けられないと思って、こっそり治してそのまま去っていったのだと、思っていた。
でもそれなら、二人が探しに来たと知った時点で、二人が夏生に会いたがってると知った時点で、出てきてもおかしくはない。さっき三人でいた時は周囲に人はいなかったし、夏生だったら、「どうして二人が来てるの……?」と悲しくも嬉しそうな、複雑な顔をして歩いて来てもいいはず。
もしかしたら、夏生が俺たちから逃げているのは……避けているのには、別の理由があるのか?
嬉しそうに周囲を探す佐原さんたちを前に、俺は一抹の不安を覚えていた。