市営バスを降りて別の路線のバスに乗り、さらにバスを乗り継ぐこと二時間。俺たちは、示ヶ丘キャンプ場へと足を踏み入れた。
「あ~疲れた。てかさ、今さらだけどタクシーとかで行った方が良くなかったか?」
大きく伸びをしながら、岡本は言った。
「いや、あの時間に病院からタクシー使うには電話しないとなんだよ。外出届にはショッピングモールって書いてあるから、さすがに無理」
しかも、タクシーを使っていくなら前みたいに高速道路を使う羽目になり、料金が跳ね上がる。何度か行く可能性も考えると、ここでお金を浪費するわけにはいかなかった。
「まぁまぁ、二人とも。そんなことよりさ、見てほらっ! 紅葉がすっごく綺麗だよ!」
佐原さんは両手を大きく広げ、眼前に広がる木々をアピールした。その動きにつられて、俺の視線もその先、一ヵ月半前とは異なる山々の色に向けられる。
穿ったような青空の下に広がる、赤色や黄色。そうした木々の隙間からは時節、緑色も顔を出している。陽に照らされ、風にあおられ、色づきざわめき立つその様子は、まさに秋の気配そのものだった。そこには、鼻の奥まで突き抜けるような新緑の香りも、うるさく耳につくセミの鳴き声も、ない。夏の様相は、完全に消え去っていた。
「確かにすげーな。これだけ赤いと、雪村さんも見つけやすいかもな」
何気なく、といった感じで岡本がつぶやいた。
「……そうだな」
もうあの時とは、違う。
そんな当たり前の感想を抱きながら、俺は冷たい北風に押されて、少し先を歩く二人の後に続いた。
***
「ふぃー、あっちーな」
回遊路に設置されているベンチに座った岡本が、恨めしそうに声をあげる。
「うん、ほんとに。朝はあんなに肌寒かったのに」
頭上にある太陽を見つめ、佐原さんも同意だとばかりに頷いた。
「まぁ、この季節は仕方ないって」
俺は先ほど買ったミネラルウォーターで喉を潤し、額ににじんだ汗を拭う。
示ヶ丘キャンプ場に来てから、三時間が経過した。
紅葉シーズン真っ只中ということもあって、キャンプ場は平日だというのに賑わっていた。大学生と思しき団体やシニア倶楽部の集まりなど、前とは違う客層があちらこちらでバーベキューやら紅葉狩りを楽しんでいた。
もしかしたら何か見ているかもと、そうした人たちに聞き込みもしつつ、キャンプ・バーベキューエリアを中心に夏生を探したが、結局手掛かりすらつかめなかった。夏に来た時は素通りした山菜が採れる森林道や貸しロッジ裏の回遊路、隣接するフォレストエリアの周辺まで徹底的に見て回ったが、夏生の「な」の字も見当たらなかった。
「それにしても……霜谷。これ、もうちょっと計画なり対策なりを立ててからじゃないと、しんどいぞ」
ベンチにもたれかかっていた岡本が、顔だけを器用に上げて言った。
「どういうことだ?」
「今までずっと探してきてわかったけど、どこかに隠れているかもしれない雪村さんを闇雲に探しても、多分見つからない。俺も雪村さんに早く会いたいけど、結局一日で探せる範囲はたかが知れてるし、日によって雪村さんが場所を変えていたらもういたちごっこだ」
「それは……」
岡本の言うことはもっともだった。
これだけ探し回って、何も見つからない。
見た人もいなければ、極端な寒さとか雪といった異変を感じた人もいない。
最悪、夏生がここにいない可能性だってある。
「霜谷くん。私もね、早く夏生ちゃんに会いたい。会って、抱きしめたい。……でもね、そのためにはしっかり時間をかけて、もう少し話し合ってからまた探しに来た方がいいと思う、かな」
佐原さんはそう言って、不安げに俺を見つめた。
うん、わかってる。
こんなしらみつぶしに探したって、見つかりっこないってことくらい。
でも……
「でも、もう時間がない。なんとなくだけど、そんな気がするんだ」
自宅療養や退院だけじゃない。夏生と別れたあの日から、時間が経つにつれて目に見えない彼女との距離が開いていっているような、そんな違和感が俺の中で渦巻いていた。そしてそれは今も同じで、むしろより加速しているような気さえする。
「俺は探すよ。自分が納得いくまで、な」
「……そっか」
岡本は諦めたような顔を浮かべて頷くと、ベンチから立ち上がった。
「あーあ。焦ってるお前を止めるために、学校までサボったのに」
「ね。作戦失敗かー」
「わりいな」
不器用な笑顔で、俺たちは笑い合った。どこかそれはくすぐったくて、いつもと違う感じだった。
「あれ?」
すると唐突に、佐原さんは不思議そうな声をあげて走り出した。