「佳生さん。少しお話、よろしいでしょうか?」
病室のドアが開いて、先生と母親が中に入ってきた。
「あれ? 母さん、昼に帰ったんじゃ?」
「ええ、一度帰ったわよ。ただ、先生にご相談したいことがあったから、もう一度来たのよ」
「相談?」
母親の言葉に、俺は小首を傾げた。
体調の良いこの時期に母親が先生に相談することなどあるのだろうか。発作は一度もなく、基礎体温も血圧も脈拍も正常。体力が若干落ちていることを除けば、至って健康体。なのに……
「もしかして……」
そこまで考えて、俺は一つの結論に達した。でもそれは、今の俺にとっては決して喜ぶことのできない結論だった。
「はい。佳生さん、一度ご自宅に戻ってみてはいかがでしょうか?」
嬉しそうに微笑みながら、先生は想像通りの言葉を放った。
「佳生、あなたの容体はすごくいいの。だから、一度戻ってみようかって先生にお願いしてみたのよ」
隣に立っている母親も、満面の笑みを浮かべて俺を見ていた。まるでそれが、俺の幸せであることを信じて疑っていないみたいだった。
帰る? 家に?
先生と母親の顔を交互に見ながら、俺は心の中でさっき二人が言ったことを反芻した。
容体が、いい? だから、戻る……?
体が熱くなっていた。もしかして発作かも、と思ったけど、痛みは感じない。じんわりと嫌な汗はかいているけど、苦しい動悸は一切なかった。
「自宅療養をしてみて、もし大丈夫そうなら退院も視野に――」
「ちょっと待てよ!」
気がつくと、俺は立ち上がって叫んでいた。その場にいた全員が、驚いて俺の方に目を向ける。
「まだ俺の病気が治ったって決まったわけじゃないだろ⁉ なのに、なんで⁉」
「ええ、その通りです。ですので、ご自宅でも常に鎮静剤は携帯していただきます。また、一週間に一度、病院に来て検査を受けていただきます」
感情的な俺とは違って、淡々とした説明を続ける先生に、俺は「そうじゃない!」とさらに怒鳴った。
「治ってないなら、まだ帰る必要はないはずだ! 治ってないなら、また発作が起きる可能性だってある! 治って、ないなら……!」
言葉が、続かなかった。なぜか、俺の瞳から涙が零れた。視界が揺れ、俺は思わずベッドに座り込む。その先に、心配そうに見つめる岡本と佐原さんの顔があった。
「二人からも、何か言ってくれ……! 俺は……っ!」
「霜谷! 落ち着け!」
岡本に肩を掴まれ、ゆすられる。佐原さんは、そっと俺にハンカチを渡してくれた。
ずっと、ずっと退院できることを、望んでいたはずだった。
俺の高校生活を踏みにじり、人生を奪い去ったこの病を、ずっと憎んでいたはずだった。
でもいつしか、それが夏生との時間を保証するものになっていた。この病気がなくなれば、夏生との接点もなくなる。自宅療養、もっと言えば、この病院から離れることは、それを当然のこととして、俺に突き付けるのと同じことだった。
夏生とは、もう会えない。それが鮮明に、克明に、現実になっていく。
それが俺には、耐えられなくて……
「おそらく、混乱しているだけでしょう。しばらくしたら落ち着くはずです。可能な日にちとしましては……」
そんな言葉が、どこか遠くで飛び交っていた。
もう時間がない。
明日にでも探しに行ってやると、俺は心に誓った。
病室のドアが開いて、先生と母親が中に入ってきた。
「あれ? 母さん、昼に帰ったんじゃ?」
「ええ、一度帰ったわよ。ただ、先生にご相談したいことがあったから、もう一度来たのよ」
「相談?」
母親の言葉に、俺は小首を傾げた。
体調の良いこの時期に母親が先生に相談することなどあるのだろうか。発作は一度もなく、基礎体温も血圧も脈拍も正常。体力が若干落ちていることを除けば、至って健康体。なのに……
「もしかして……」
そこまで考えて、俺は一つの結論に達した。でもそれは、今の俺にとっては決して喜ぶことのできない結論だった。
「はい。佳生さん、一度ご自宅に戻ってみてはいかがでしょうか?」
嬉しそうに微笑みながら、先生は想像通りの言葉を放った。
「佳生、あなたの容体はすごくいいの。だから、一度戻ってみようかって先生にお願いしてみたのよ」
隣に立っている母親も、満面の笑みを浮かべて俺を見ていた。まるでそれが、俺の幸せであることを信じて疑っていないみたいだった。
帰る? 家に?
先生と母親の顔を交互に見ながら、俺は心の中でさっき二人が言ったことを反芻した。
容体が、いい? だから、戻る……?
体が熱くなっていた。もしかして発作かも、と思ったけど、痛みは感じない。じんわりと嫌な汗はかいているけど、苦しい動悸は一切なかった。
「自宅療養をしてみて、もし大丈夫そうなら退院も視野に――」
「ちょっと待てよ!」
気がつくと、俺は立ち上がって叫んでいた。その場にいた全員が、驚いて俺の方に目を向ける。
「まだ俺の病気が治ったって決まったわけじゃないだろ⁉ なのに、なんで⁉」
「ええ、その通りです。ですので、ご自宅でも常に鎮静剤は携帯していただきます。また、一週間に一度、病院に来て検査を受けていただきます」
感情的な俺とは違って、淡々とした説明を続ける先生に、俺は「そうじゃない!」とさらに怒鳴った。
「治ってないなら、まだ帰る必要はないはずだ! 治ってないなら、また発作が起きる可能性だってある! 治って、ないなら……!」
言葉が、続かなかった。なぜか、俺の瞳から涙が零れた。視界が揺れ、俺は思わずベッドに座り込む。その先に、心配そうに見つめる岡本と佐原さんの顔があった。
「二人からも、何か言ってくれ……! 俺は……っ!」
「霜谷! 落ち着け!」
岡本に肩を掴まれ、ゆすられる。佐原さんは、そっと俺にハンカチを渡してくれた。
ずっと、ずっと退院できることを、望んでいたはずだった。
俺の高校生活を踏みにじり、人生を奪い去ったこの病を、ずっと憎んでいたはずだった。
でもいつしか、それが夏生との時間を保証するものになっていた。この病気がなくなれば、夏生との接点もなくなる。自宅療養、もっと言えば、この病院から離れることは、それを当然のこととして、俺に突き付けるのと同じことだった。
夏生とは、もう会えない。それが鮮明に、克明に、現実になっていく。
それが俺には、耐えられなくて……
「おそらく、混乱しているだけでしょう。しばらくしたら落ち着くはずです。可能な日にちとしましては……」
そんな言葉が、どこか遠くで飛び交っていた。
もう時間がない。
明日にでも探しに行ってやると、俺は心に誓った。