雪にしては明らかに大きく、感触もしっかりとしている。これは……、

「手……か?」

 冷たい、小さな手のひらが、俺の両頬にあてられていた。視界の端には、人の腕らしきものも見える。

「だ、誰?」

 痛みをこらえながら聞いた。さっきまで握っていたはずの注射器のキャップも、もうどこかに行ってしまって俺の手の中にはない。意識も、そろそろ限界だった。

「大丈夫。じっとしてて」

 透き通った、綺麗な声だった。心の中まで沁み渡ってくるような、澄んだ声。
 さっきまで誰もいなかったはずなのに。というか、看護師さんとかなら早く先生を呼んだ方がいいんじゃないのか、と思った。

 その誰かは、両方の手のひらを俺の頬にあてたまま微動だにしない。
 俺の態勢はほとんどうずくまっている状態なので顔も見れず、何をしようとしているのかもわからなかった。

「あの……」

 先生を呼んでもらえますか。そう言おうとした時だった。

「え?」

 身体中に走っていた痛みが急に和らいだ。
 あの焼かれているような熱さも同時に引いていく。
 鼓動も徐々に落ち着き、息苦しさもうそみたいになくなっていった。
 注射でも打ってくれたのかと思ったが、太ももや二の腕に針を刺されたような感覚はなかった。まるで、両頬にあてられた手が、痛みと熱さを吸い取ったかのようだった。

 いったい、何をしたんだ?

 俺はクリアになっていたはずの頭であれこれと考えを巡らせるが、もちろん答えは出ない。それどころか、むしろどんどん頭の中がこんがらがっていった。
 まぁ、いいや。いろいろ気になることはあったが、それは後回し。とにかくお礼を言おうと、俺は顔をあげた。

「は?」

 思わず、素っ頓狂な声を発してしまった。目の前にいたのは、この世の誰しもが考えることなく無意識に描いているはずの、「人間」ではなかったからだ。

「ふふっ、驚いたでしょ?」

 悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべながら、目の前の少女は答えた。サアッと風が吹き、彼女の「白い」長めの髪がたなびく。

「…………えっと、どなた、でしょうか?」

 頭の中ではクエスチョンマークが無数に乱立していたが、ひとまず「普通の人間」という前提で聞いてみる。明らかに白すぎる肌からしても、とてもそうは思えないが。

「誰だと思う?」

「へ?」

 間抜けな声が出た。そもそもそれがわからないから聞いてるんだよ、と思った。

「ふふっ。正解は、雪女だよ」

 少女はあっけらかんとした様子で答えた。