その時だった。
「何してるの?」
すぐ後ろから声がした。はっとして振り返ると、十歳くらいの男の子が立っていた。
しまった、と思った。あれほど人と会わないようにしようと決めていたのに。
私は当てていた手をそっと離すと、一目散に駆け出した。
ごめん、ごめんね。心の中で、一匹と一人に必死に謝っていた。治すことも、静かに眠らせることもできなかったことを。楽しい夏の思い出に、きっと恐怖を与えてしまったことを。
しかし、私は二十歩も逃げないうちに何かの感触を感じた。温かくて、柔らかな感触だった。驚いて見ると、男の子が小さく肩で息をしながら、私の右腕をつかんでいる。
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
「なに?」
私は戸惑いつつ聞いた。
「僕、さ、迷っちゃって」
まだ整わない息の中、彼は続ける。
「キャンプ場って、どっち?」
不思議だった。
どうして、私に普通に話しかけてるの?
どうして、逃げないの?
実際、あの吹雪の日以外にも人に会ったことはあった。しかしその誰もが、悲鳴をあげて逃げていった。雪女だ、化け物だ、と言いながら――。
「あっち」
私は思わず素っ気なく返した。多分、逃げようにも方向がわからないのだろうと思ったから。
でも彼は、その予想を難なく越えてきた。
「そっか! ありがとう! それで、さっきは何してたの?」
お礼、からの問いかけ。私は戸惑っていた。でも、もしかしたらさっきの小さな動物を助けられるかもしれない。そう思って、私はさっきいたところに移動しながら、彼にそのことを話した。
「あ、ほんとだケガしてる。でも、そんなに大きな傷じゃないみたいだよ」
彼はまるでお医者さんみたいに言った。
「なんでわかるの?」
「僕の住んでるところすっごく田舎で、よくおじいちゃんとリスとか見に行ったから」
おじいちゃんがこうしてたんだ、と言いながら、小さな布を使い慣れた手つきで固定する。そして鳥や他の動物から見えないようなところに隠した。
「後はエサになりそうな木の実とかを置いておいて……うん、多分これで大丈夫だと、思う」
少し自信なさげだが、彼は笑いながらそう言った。それにつられて、私も笑った。なんだか、心が暖かかった。
「ありがとう……」
私は慣れないお礼を口にする。なんだか気恥ずかしい。
「どういたしまして」
彼はまた笑った。その笑顔は、夏の日差しよりも眩しく感じた。