肌寒い風が、病室の中を吹き抜けた。
数センチほど開いた窓からは稲の匂いがほのかに香り、気温とも相まって秋の気配が漂っている。そしてそれは、俺の視線の先にある赤色の葉にも、明確に、鮮明に表れていた。
「佳生、調子はどう?」
病室の扉が開き、母親が顔をのぞかせた。
「……大丈夫。一度も起きてないよ」
俺は窓の外へと視線を戻しながら、それだけ言った。
「そう、良かった。よく今まで、頑張ったわね」
母親は嬉しそうに声を弾ませ、いつもの差し入れの入った袋をサイドボードに置いた。チラリとそれに目を向けると、中にはカイロや羽織ものなど、冬に向けた物が無造作に入れられているのが見えた。
「それにしても、今日は冷え込むわね。病院の前の気温計見たら、十度だって」
その言葉に、俺の体がびくりと反応した。
「まぁでも、もうすぐ冬だものね」
そう言うと、母親は袋からいろいろなものを取り出し始めた。一緒に何やら説明もしているみたいだったが、俺の耳には全く入ってこなかった。
――気温計を見たら十度だって。
あの日、夏生と初めて会った日も、聞いた言葉。その言葉を頼りに裏庭へと足を運び、俺は彼女と出会った。
でも、その言葉が指す意味は、あの時とは違う。
非日常的ではない、極めて正常で、季節感のある気温。
残暑という夏の名残は消え失せ、冬の色を微かに含んだ秋が到来していた。
「そういえば、最近夏生ちゃん、見かけないわね」
先ほどよりも一段と大きく、体が無意識に跳ねた。
「もしかして、喧嘩でもしたの?」
俺の反応には気づかなかったみたいで、母親は袋の中を整理しながら言葉を続けた。
「いや……なんか最近、忙しいらしいよ。この前電話した時に聞いたから」
そっと息を整え、平静を装って答える。
……大丈夫。こういったごまかしは、最初の頃に何度もしてるから慣れてるはず。
「ほんとに?」
何か違和感があったのか。母親は整理していた手を止めて振り向いた。
「ほんとだよ」
あれ?
もしかして、ごまかせてない……?
内心では焦っていたが、俺は表情を変えないよう口元に力を入れる。
「……そう」
しばらく黙ってこちらを見ていた母親だったが、腑に落ちないといった顔をしつつも整理を再開した。
「もし何かあるなら、私じゃなくてもいいから、岡本くんたちにでも相談しなさいね」
「……うん」
諭すような口調で言われた言葉に、俺は無意識に返事をしていた。
多分……いや、ほぼ確実にバレている。
どうして? 前は、だませていたはずなのに。
そんなことを考えていると、唐突に病室の扉が開く音がした。続けて、すっかりお馴染みとなった二人が入ってきた。
「こんちはー」
「霜谷くん、調子はどうー?」
「あら。岡本くんに佐原さん、いらっしゃい! 一昨日に電話で佳生の容体伝えたけど、直接会うのは五日ぶりね~」
俺の代わりに、母親が二人を出迎えた。世話好きのおばちゃんみたいに二人をベッドの脇のイスに座らせ、「ミルクティーでも淹れるわね」と手際よく準備し始めた。
「ちょうど今、二人の話をしてたところなのよ~」
「え?」
「私たちの、ですか?」
本当に面倒くさいおばちゃんみたいだ、と思った。わざわざそんなことを言わなくてもいいのに。
「母さん。余計なことは言わなくていいから」
「はいはい」
含みのある笑みを浮かべる母親。俺が痛熱病を発症する前の調子をすっかり取り戻したその様子に嬉しさを感じつつも、やっぱり思春期にとってはうざったい。そんな俺の心中を知ってか知らずか、母親は二人にミルクティーを出すと、「お邪魔虫はそろそろ退散するわね~」と言い帰って行った。
「それでそれで? 俺たちの話ってなんだよ?」
やっとお邪魔虫が帰ったところなのに、今度はからみ鳥がやってきた。
「いや、母さんが勝手に話してただけだって」
「へぇー。なんてなんて?」
興味津々とばかりに、岡本は前のめりになる。
「……なんだか最近、二人の距離が急接近したわね~って」
もう面倒くさかったので、少し考えてから俺はそんなことを言った。
すると、ボンッと音が鳴りそうな勢いで二人の顔が真っ赤になった。
「え……そ、そんなことないぞ……? な、なぁ?」
「う、うん……。そんなこと……ある、かも……」
「うぇ⁉ 奈々⁉」
「はっ! えっと……いや、その! えと、ね……」
勝手に自爆し、勝手にモジモジし始める岡本たち。はぁー甘い甘い。
今度は上手くいったかなという微かな満足感と、見ているこっちも赤くなりそうな羞恥心を感じつつ、俺は窓の外へと目を向けた。
「……ほんと、お前は変わんないな」
「え?」
あたふたしていたさっきまでとは違う岡本の口調に、俺は思わず振り向いた。
「いや……やっぱ変わったかも。前はそんなに下手くそじゃなかったし」
「何の話だ?」
「……思い詰めてることがある時に外を向く癖は変わらないなーと思ったけど、ごまかしやうそは下手になったなーって」
小学校の思い出を語るみたいにのんびりと話す岡本に対し、俺は驚いて声が出なかった。
「前はさ、本当に上手くてわかんなかった。病状の好転を教えてくれた時も、キャンプで雪村さんについて教えてくれた時も、お前は息を吐くようにするりと言っていたから」
いつかのことを思い出すように、今度は岡本が窓の外を見て言った。
「でも今は、すぐにわかる。やっぱり変わったよ、お前」
「お前にだけは言われたくねーな」
視線を戻して言い切った岡本に、意趣返しとばかりに俺は言った。
でも、予想に反して、岡本は小さく笑って肩をすくめた。
「ああ、全くだな。俺も変わった……というより、変われたから、な」
そう言うと、岡本は佐原さんの方を見た。
「そうだったら私も嬉しい、かな?」
佐原さんは、短く微笑みながら頷いた。
「あのこと、言ったのか」
「ああ。俺もいつか乗り越えないといけないって、思ってたからな」
ショッピングモールの屋上での、佐原さんとのやり取りを思い出す。
岡本は小学生の頃、岡本の父さんが知らない女性と食事をしているのを見て浮気と勘違いし、岡本の母さんに言って家庭崩壊させた過去がある。実際はただの会社の部下で、全く何の関係もなかったらしいが、それをきっかけに元々悪かった夫婦仲がさらにこじれて、ついには離婚してしまった。幼いながら岡本は自分のせいだと傷つき、それから自分の思っていることを話さなくなった。
「俺はあの過去がトラウマで、自分の本当の考えを言うのが怖くなった。もしかしたら、また何か大切なものを壊してしまうかもって、思ってたから……」
過去の記憶を噛みしめるように、岡本はつぶやく。
「それから俺は、このままじゃダメだって思って、変わろうとした。でも、どこかそれは中途半端で……結局それが、奈々との関係を壊しかけてしまった。あの日、奈々に聞かれて、奈々と話して、俺はようやくそれに気づけた。誰かさんが奈々に吹っ掛けたせいで、な」
苦笑を浮かべて、彼は俺の目を見据えた。
「あの日、お前が奈々に言ったことは正しいよ。俺は、奈々のおかげで変わろうと思えたし、今も変わろうと頑張れてるんだ」
そこまで言って、彼は一度言葉を区切った。
俺たちの間を、数瞬の沈黙が流れる。
「……それで、お前は、どうなんだ?」
「え?」
「え、じゃねーよ。霜谷、お前もそうなんだろ? 雪村さんと会って、雪村さんと過ごしてきたから、お前は変わった。違うか?」
「そ、それは……」
俺はたじろいだ。
俺が、夏生と過ごしたことで、変わった? ごまかしやうそが通じなくなったのも、それが原因……?
不意に、夏生と過ごした日々がフラッシュバックした。
――ふふっ、驚いたでしょ?
初めて彼女に会った時の、悪戯っぽい笑顔。
――もうすごいとしか言いようがないよこれは! すっごく綺麗……っ!
ひまわり畑の前で、子どもみたいにはしゃぐ夏生の歓声。
――ふふっ、わかった。その名前、ありがたくもらうね
静寂の夜の中、天の川をバックに優しく微笑む夏生の姿。
――待っててね、すぐ鎮めるから
そう言って発作を何度も抑えてくれた彼女の、優しい冷たさ。
――佳生おはよー! 書けた?
俺のタイムカプセル目掛けて飛び込んできた夏生の、ほのかな香り。
――でしょでしょ? 一度でいいから着てみたかったんだー!
青色の浴衣に身を包んだ夏生の、照れた表情。
――ねねっ! 早く行こうよ!
初めて行くショッピングモールにテンションが上がった夏生の、無邪気な笑顔。
いつも彼女は素直で、明るくて、笑顔を振りまきながら、俺のそばにいてくれた。
そんな彼女を見ていると、自分の気持ちがするすると出てきて、
そんな彼女と一緒に過ごしていると、気持ちが晴れやかになって、
そんな彼女が笑ってくれると、心が暖かくなった。
「お前はさ、どうしたいんだよ?」
岡本の声が聞こえる。
――もう、思い残すことはないよ
それだけ言い残して、霞む視界の先で遠ざかっていく彼女の、後ろ姿……。
俺は……やっぱり――
「夏生と、一緒にいたいよ……」
岡本の言葉に、俺は正直に答えていた。
「そうだよ。俺だって、夏生と一緒に過ごしてきて、変わった。前は、痛熱病になって、高校に行けなくなって、人生を諦めて、いつ死んでもいいようにって、ずっと思ってた」
一度言ってしまうと、もう止められなかった。心の底から、どんどん言葉が、気持ちが、溢れてきた。
「……でも、あいつと出会って、あいつと過ごしてきて、俺は……もう一度生きたいって思えるようになった。あいつと、夏生と一緒にいたいって、思ったんだよ……」
視界がぼやけて、岡本や佐原さんの輪郭が曖昧になっていく。声も震えてきて、抑えようと思ったけど、無理だった。
「だから俺は、探した。夏生が俺の病気を治して、どこかに行ってしまったなんて……思いたくなかった……。初めて会った裏庭も、一緒に抜け出したひまわり畑も、二人ではあんまり行ったことがなかった病院周辺の場所だって探した。今の俺に探せる範囲で探したけど、いなかった……。どこにも、見つからなかった……」
今まで笑い合った思い出の場所が、悲しみの色に染まっていく感覚。
それは、まるで彼女がもうどこにもいないことを突き付けられているようで、苦しくて、辛くて……。
痛熱病の発作の方が、よっぽどマシだった。
「もうどうしたらいいか、わかんないんだよ……。このまま夏生に会えなかったら、俺……なんで生きているのか、またわからなくなって……そんななら、痛熱病で死んだって良かっ――」
「待て。それ以上は、絶対許さねえぞ」
突然、岡本が俺の胸ぐらを掴み上げた。
「お前が、どうしたらいいかわからなくなったのはわかった。それが、雪村さんがお前の病気を治してどこかに行ってしまったかもしれないからだってことも……。落ち込むのも混乱するのも当然だし、仕方ないと思う」
彼の目は、今まで見たことがないくらい鋭かった。
本気で怒っているのが、わかった。
「でもな、だからって言っていいことと悪いことがある。仮に雪村さんがいなくなったとして、お前は残りの人生を、雪村さんからもらった命を、そんなふうに過ごしていくつもりなのか⁉」
静かだけど、確かな怒気を含ませて、岡本は小さく叫んだ。
周りの音が、消えた気がした。
岡本の言葉が、心の中で反響していた。
「もしそうなら、俺はお前を絶対許さないからな。病後なんて関係ない。引きずり回してでも、正気に戻させてやる」
そこで、岡本は病衣から手を離した。
「俺はまだ探すぞ。霜谷が探したのはこの辺だけなんだろ? だったら俺は、ショッピングモールの裏の林とか、可能性の高いところを手当たり次第に探す」
行くぞ、と岡本は佐原さんの手を引っ張り、病室の入り口に向かった。佐原さんは驚いたように「えっ」と声をあげたが、彼女にも思うところがあるようで、特に何も言うことなく岡本の後に続いた。
「霜谷。お前は、どうするんだ?」
彼はそう言って一瞬振り返ったが、そのまま病室の扉を勢いよく開けて出て行った。
数秒後には、扉がパタンと音を立てて閉まり、病室は俺だけになった。
「俺は……」
――私ね、一度でいいから、真夏の空の下で生きてみたいんだ
季節外れの雪が舞い散る裏庭で、生への希望を胸に笑った夏生の言葉が、聞こえた気がした。
俺はまだ、諦めない。
母親が持ってきてくれた羽織ものを着ると、俺も急いで病室を後にした。
私は、最低だ。
誰もいない、いるはずもない場所で、私はひとり呟いた。
あたりには既に夜の帳が下りており、ひっそりと静まり返っている。虫も草木も眠るころとはよく言ったものだな、と思った。
ふぅ、とひとつため息をつく。
私は今、ひどく自己嫌悪に陥っていた。
「なんで、こんなことになっちゃったんだろ」
気持ちと一緒に、思わず視線が落ちる。
もちろん、この闇の中に見えるものはない。昼間だったら、少しは気分の晴れるいい景色が見えたんだろうな、と思った。しかしそれも、あくまで夏だったらの話だ。今の季節は余計に気分が落ち込みそうな予感がする。だから今は、暗闇に感謝だ。
そう、夏だったら。
夏の日差しがまだ照り付けていたら、私はまだ目を背けていられた。
その輝くような眩しさから。
この悲しくてつらい現実から……。
私はもう一度、ため息をついた。
そして、そっと目を閉じる。
もしあの日、私が声をかけていなかったら……。
もしあの日、彼の症状を抑えていなかったら……。
もしあの夏、彼と出会っていなかったら……。
そこまで考えて、私ははっと目を開けた。
ううん、それは違う。
というか、どれも違う。
私は、どれにも後悔はしていない。
自分が、私自身が決めたことだから。
私は、斜め下に向けていた視線をそっと上げた。その先には、薄まることのない暗闇がどこまでも広がっている。でも、私には見えている。あの夏の日に駆けた花々の絨毯が、その絨毯のそばで笑いながら話した日々が、私には昨日のことのように、見える。
そして、初めて彼と会った日のことも――。
七年前のあの日、私はどうかしていたと思う。
夏はいつも、薄暗くてひんやりとした洞窟の中で過ごしていた。というより、冬以外は基本的に洞窟暮らしをしていた。
理由は至って簡潔明瞭。
私は、雪女だから。
私の髪や手足は余すことなく真っ白で、目の色も他の人と違う。そして熱にたまらなく弱い。外気が一定以上の温度になると、途端に体が全くと言っていいほど動かなくなる。猛暑と呼ばれる特に暑い日は、指一本動かすのでさえ難しかった。だから夏の間は、涼しくて誰も来ないような薄暗い洞窟の奥のほうで、眠るように過ごしていた。
でもなぜか、あの日は外に出ていた。
多分、悪い夢を見たからだった。私がこの世界に存在し始めてから、まだ間もない頃の夢。
その日は吹雪だった。にもかかわらず、生まれたて、というよりも存在したての私はあちこちを歩いていた。そして、初めて人を見た。すごく嬉しかったことを覚えている。ずっと、ひとりだったから。その人はどうやら道に迷っているらしく、今にも倒れてしまいそうな足取りで歩いていた。
――どうしたの?
私は無邪気に尋ねる。
直後、恐怖で歪んだ目が私を捉えた。
――く、来るな! 化け物っ!
この世界を知ってから三日目に、初めて人から言われた言葉。
ホワイトアウトの中、消えていくその後ろ姿。
――あっ! ダメ! そっちは……!
そして、すぐ後に響いた悲鳴は、今でも耳の奥にこびりついて離れない。
そんな記憶から逃げるように、私はあの日、洞窟から外に出た。
その日は、夏にしては涼しい日だった。いつもなら動かすのが億劫な手足も、思い通りに動いてくれた。私は、久しぶりの外に少しだけわくわくしていた。
でも、同じくらい不安もあった。
決して人には近づかない。
あの吹雪の日に、私はそう決めていた。
私を見れば、きっとその人は怖がってしまう。ここはキャンプ場で有名らしいので、キャンプに来ている人も多いだろう。そんな楽しい思い出をつくりに来た人たちの記憶に、恐怖なんて欠片も残したくない。
そして何より、私が傷つきたくなかった。もうあんな思いはしたくなかった。だから私は、なるべく人に会わないように目についた小道から森の奥へと入っていった。
森の奥は、自然の音で溢れていた。周囲に響き渡っているセミの鳴き声から、鳥が飛び立つ時の葉擦れの音まで。洞窟の中では出会うことのなかった様々な音が、そこにはあった。
「あれ?」
どこまでも先へと続いているような小道の脇に、小さなリスか何かの動物が横たわっているのが見えた。急いで駆け寄ってみると、足先の部分から血を流していた。
「ケガしてる」
どうしよう。今の私は着ているもの以外、何も持っていない。仮にあったとしても、小さな動物を治療する知識はない。今の私にあるとすれば、対象を凍らせる変な力のみ。
なんだか、泣きたくなった。
神様が、ささやいている気がした。このまま放置すれば、他の動物に食べられたり傷口に菌が入ったりして苦しんで、死んでいくだけ。だからそうなる前に、私に力を使え、と。
気持ちだけじゃなかった。
私は、本当に泣いていた。泣けてしょうがなかった。涙が、とめどなく溢れてきた。
なんで、私にはこんな力があるんだろう。
誰も、何も救えない力。
下手に使えば、生命を奪いかねない力。
暖かい生命の息吹に、私は冷た過ぎる。
「ごめん、ね……」
私は泣きながら、そっとその小さな生命に手を当てた。
その時だった。
「何してるの?」
すぐ後ろから声がした。はっとして振り返ると、十歳くらいの男の子が立っていた。
しまった、と思った。あれほど人と会わないようにしようと決めていたのに。
私は当てていた手をそっと離すと、一目散に駆け出した。
ごめん、ごめんね。心の中で、一匹と一人に必死に謝っていた。治すことも、静かに眠らせることもできなかったことを。楽しい夏の思い出に、きっと恐怖を与えてしまったことを。
しかし、私は二十歩も逃げないうちに何かの感触を感じた。温かくて、柔らかな感触だった。驚いて見ると、男の子が小さく肩で息をしながら、私の右腕をつかんでいる。
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
「なに?」
私は戸惑いつつ聞いた。
「僕、さ、迷っちゃって」
まだ整わない息の中、彼は続ける。
「キャンプ場って、どっち?」
不思議だった。
どうして、私に普通に話しかけてるの?
どうして、逃げないの?
実際、あの吹雪の日以外にも人に会ったことはあった。しかしその誰もが、悲鳴をあげて逃げていった。雪女だ、化け物だ、と言いながら――。
「あっち」
私は思わず素っ気なく返した。多分、逃げようにも方向がわからないのだろうと思ったから。
でも彼は、その予想を難なく越えてきた。
「そっか! ありがとう! それで、さっきは何してたの?」
お礼、からの問いかけ。私は戸惑っていた。でも、もしかしたらさっきの小さな動物を助けられるかもしれない。そう思って、私はさっきいたところに移動しながら、彼にそのことを話した。
「あ、ほんとだケガしてる。でも、そんなに大きな傷じゃないみたいだよ」
彼はまるでお医者さんみたいに言った。
「なんでわかるの?」
「僕の住んでるところすっごく田舎で、よくおじいちゃんとリスとか見に行ったから」
おじいちゃんがこうしてたんだ、と言いながら、小さな布を使い慣れた手つきで固定する。そして鳥や他の動物から見えないようなところに隠した。
「後はエサになりそうな木の実とかを置いておいて……うん、多分これで大丈夫だと、思う」
少し自信なさげだが、彼は笑いながらそう言った。それにつられて、私も笑った。なんだか、心が暖かかった。
「ありがとう……」
私は慣れないお礼を口にする。なんだか気恥ずかしい。
「どういたしまして」
彼はまた笑った。その笑顔は、夏の日差しよりも眩しく感じた。
「ところで、キャンプ場ってどっちだったっけ?」
男の子は苦笑いをしながら言った。さっきも聞いてきたけど、多分方向音痴なんだろうな、と思った。
「あっちだよ。付いてきて」
私も苦笑しつつ、先に歩き始めた。普通に笑いながら会話していることに、今更ながら私は驚いていた。私が彼の立場だったら、絶対に逃げている。
「ね、ねぇ、あの……私のこと、怖くないの?」
しばらく談笑しながら歩いたところで、たまらなくなって私は聞いた。内心はすごく怖かった。なんて言われるのか、どんな言葉が出てくるのか。聞きたくないけど、さっきもこうして笑って接してくれた彼がどう思っているかの方が、はるかに気になった。
彼は、しばらく考えるようにして首を傾げていた。
何を考えているのだろう。
何かいい言葉でも考えているのだろうか。
そんな気を遣ってくれなくてもいいのに……。
「あの」
また、たまらなくなって口を開いた。正直に言っていいよ、と言おうとした時、
「なんで、怖いの?」
彼が、心底不思議そうな顔でそう言った。
「え、なんで、って……」
私は言葉に詰まった。
なんで?
そんなこと、私が知りたい。
「だ、だって! 私、実は雪女なんだよ⁉ 今は夏だけど、雪山に出る妖怪なんだよ⁉」
わからなくて、誰かが言っていたことをそのまま叫んだ。
「うん、実はそうなんじゃないかなって思ってた」
髪とか目とか肌とか色が違うもんね! と少し興奮した口調で彼は言った。
「うそ! だったら、どうして逃げないの⁉ あなたは、私に殺されるかもしれないんだよ⁉」
本当はそんなことしないし、したくもない。だけど、なぜか私はそんな脅しのようなことを口にしていた。
ああ、これでまた逃げられちゃうかな。でも今回は、私のせいだな。そんなことを思っていると、彼はまた少し考えてからゆっくりと口を開いた。
「だって、君はそんなことしないでしょ?」
「え?」
「ケガしてるリスを助けようとしてた女の子が、僕を殺すわけないじゃんか。それに――」
無邪気な笑顔を浮かべながら、彼は続けた。
「僕は、すごく綺麗だなって、思ったよ」
その時、私の中で何かが溢れ出した。
ああ、そうだったんだ。
だって、私は雪女だから。
私は髪の色や目の色、肌の色まで違うから。
私には、怖い力があるから。
この事実は、どれも変わらない。私は雪女で、白色の髪と肌、青い目、そして変な力を持っている。でも、それをどう思うかは人それぞれで、私はそれを「怖い」と思っていた。いや、「怖い」ものだと思い込んでしまっていた。でも、彼はそれを「怖い」とは思わなかった。彼はそれを、「綺麗」だと言ってくれた。
多分、多くの人は私を怖いと思うだろう。でも、少なくとも彼はそうじゃない。
私を受け入れてくれる人だって、いるんだ。ただそれだけのことが、私にはたまらなく嬉しかった。
もう少しだけ、人を信じてみたいな。
泣き始める私に彼は慌てながらも、優しく涙を拭いてくれた。
私たちは、手をつなぎながら森の奥へと続く小道を歩いていた。キャンプ場へは、小道の途中からわきに逸れ、茂みをしばらく突っ切ると行ける。なるべく人と関わらないように、私が最初に覚えた隠し道だった。やっぱり、人がいるところはしっかり知っておかないといけないから。でもそれが今では人の役に立っているなんて、何だか不思議な感じだった。
「へぇー。こんな道があったんだ」
私の横にいる男の子は、感心したように言った。
「うん、偶然見つけたの」
「すごいなぁ。僕、探検とか好きだけど方向音痴だから」
それで迷ってたんだ、と彼は恥ずかしそうに言った。
「さっきもどっか行こうとしてたもんね」
私はジト目をして彼を見る。
「あははは、ごめん」
ごまかすように、彼は笑った。
実はさっき、彼は珍しい虫を見つけたとかで急に走り出したのだ。今いるところは、道から外れた完全な森の中。こんなところで迷子になったら、さすがに見つけるのは難しい。そんなこともあって、私たちは手をつないでいた。
「でも、迷子だったのに、私のこと助けてくれたの?」
迷子なのに他の人を助けるなんて、私にできるだろうか……なったことないからわからないけど。
「まぁ、困ってる人は助けてあげなさいって、お母さんに言われてるからね」
彼は胸をそらしてそう答えた。
「ふふふ、そうなんだ」
すごく、すごく優しい人だと思った。
幸せな家族なんだろうな。少しだけ、羨ましい。
私はそんなことを思いながら茂みをかき分けていった。そして、
「この先、もう少し行ったら、石でできた道があるから、そこを左に真っすぐ行くとキャンプ場だよ」
お別れの場所に着いた。正直に言えば、あとちょっとだけでも一緒にお話していたかった。でも、そんなことは言えない。
「ここまで来れば、後は大丈夫だよね?」
きっと、彼を困らせてしまうだろうから。
「今度は迷子にならないように、キャンプを楽しんでね!」
ばいばい、と手を振って私は立ち去ろうとした。でも、
「あ、待って!」
彼は、そう簡単に私を逃がしてはくれなかった。
「……なに?」
これ以上一緒にいるともっとそばにいたくなりそうだから、早く離れたいのに。
「えっと、ありがとう」
彼は、途端に真面目な顔になって言った。
「その、君はこれからどうするの?」
彼の言葉に、なぜか胸がちくりとした。
でも、それが何なのかわからない。
「んー……」
少しだけ考える。でも、特に私にはすることがなかった。というより、私にするべきことなどあるのだろうか。
そんな私の様子を察してのことか、彼は急に笑顔になって言った。
「じゃあさ、僕と一緒に来ない?」
満面の笑みを浮かべて、彼は私の手を握っていた。
ああ、眩しいな、と私は思った。彼はどこまでも無邪気に、純粋に、私のことを見てくれている。そんな人今まで知らなかったから、本当に嬉しい。一緒に、行きたい。
でも私は、静かに首を横に振った。
「ありがとう。でも、ごめんね。私は行けない」
「え、どうして?」
彼は少し悲しそうな顔になって言った。ズキッと心が痛む。
「私は、雪女だから。あんまり日の当たるところには出られないんだ」
私は精一杯笑顔を作ってそう言った。実際、うそではない。今の季節に日の当たるところに出れば、多分しばらく動けなくなる。彼の前でならまだしも、大勢の人の目があるところでそうなることは、どうしても避けたかった。
「だから、ここでお別れ」
私は、ここまで握っていた手を離した。少しだけ、名残惜しかった。
「そっか……。じゃあさ、名前、教えてよ」
「な、まえ……?」
思考が、停止した。
なまえ、ってなに?
いや、もちろん知っている。私は人と関わりはないけれど、知識だけは頑張って身につけたから。でも、「私の」、なまえ……?
彼は、突然沈黙した私を怪訝そうな顔で見ていた。
「……なまえは、ないよ」
ほとんど聞こえないような小さな声で、私は言った。
そっか。私って、なまえないんだ。
自分で言っておいて、なんだかすごく悲しかった。せっかく今日笑えたのに、また泣きたくなってきた。……ううん、もう、泣きそう。
私の目から一滴、頬を伝って涙が流れようとした。
「夏生」
彼の声が、聞こえた。
「え?」
「夏生。君の名前! 夏に生きている雪女だから! あと、僕の名前から一文字プレゼントしてる!」
あ、今更だけど僕の名前は佳生ね、と彼は照れながら言った。
「なまえ、くれるの……?」
私は恐る恐る聞いてみた。だってそれは、親という存在がいない私には、一生手に入らないものだと思ってたから。
「うん。だって、名前がないと呼べないじゃんか」
それに、と彼は付け足す。
「名前がないって、すごく悲しいもんね」
私の目にたまっていた涙は、結局流れてしまった。
でもそれは、悲しいからじゃない。
今日私は、存在し始めてから初めて……ううん、生まれて初めて、嬉しさのあまり泣いている。何度も、嬉しくて泣いている。
「ありが、とう……っ!」
私は今日、嬉しい言葉をたくさんもらったし、今ももらっている。これ以上はバチが当たるんじゃないだろうか。
彼は、泣きじゃくる私に困り果てたのか、呆然としている。
でもごめん、しばらく止まらなさそう。
私が心の中で彼に謝った時だった。
「わあっっ!」
「きゃあぁ⁉」
いきなりの大きな声に、私は思わず悲鳴をあげた。そして、ドサッと尻もちをつく。
「え、え?」
目の前では、彼がお腹を抱えて笑っていた。何が何だかわからない。
「え? 何? どしたの?」
「あは、あははは。ご、ごめんごめん」
まだ収まりきっていない笑いを噛みしめながら、彼は謝る。
「な、なんか、どうしたらいいかわからなかったから、驚かしたくなった」
「え?」
それはつまり、私は遊ばれたということだろうか。
……。
なんだか、無性に腹が立ってきた。
「ちょ、ちょっと!」
私は立ち上がり、彼に抗議の声を向けた。
「わあ、ごめん、夏生。多分、ほんと多分だけどもうしないから許して〜」
彼はおどけつつ、キャンプ場とは反対の、元来た道へと走り出した。
「多分じゃなーい! 佳生待てー!」
私は怒るふりをしながら、込み上げてくる嬉しさを噛みしめながら、彼の背中を追いかけていった。
***
私は、閉じていた目をそっと開けた。
地平線の彼方から太陽が顔をのぞかせている。少しだけ、眩しい。佳生と出会ったあの夏を思い出しているうちに、どうやら夜明けが来ていたようだった。
「ふふふ、懐かしいな」
私はそう呟き、自分の右手に視線を落とす。そこには、私の大好きな花があった。かなり、小さいけれど。
ここに来る前、示ヶ丘のキャンプ場で摘んだものだ。この花は、あの夏に彼と摘んだ思い出の花。私にとっては、自分の人生を彩る花だ。
「でも、多分忘れてるんだろうなー」
佳生はあの時のことをずっと忘れている。雪女との出会いを忘れるなんて、どんな神経をしているんだろうか。
でも、おかげで助かったこともあったし、嬉しかったこともあった。だから、それほどショックではない。むしろ、ちょっとだけ感謝しているくらい。
「あれ、もうこんな時間」
なんかいろいろ浸っているうちに、お日様はどんどん昇っていた。
持っていた花を小さな箱にしまい、足元に置く。
「ありがとう、佳生……」
小さく、そっと胸に抱くようにつぶやく。心の底から大好きで、あの時からずっとずっとかけがえのない存在だった人の名前を――。
病室の窓を開けると、冷ややかな風が室内に吹き込んできた。その冷たさに、思わず肩をすくめる。
後ろで、ガタッと何かが倒れる音がした。見ると、サイドボードに立ててあった卓上カレンダーが風で床に落ちていた。拾い上げて、元あった場所に戻す。
もう、九月も下旬。
夏生がいなくなってから、既に十日以上が経過していた。
基礎体温が正常に戻ってから発作も全く起きておらず、まるで何事もなかったかのように毎日が健康に過ぎていった。
「くっそ……今日もいなかったな」
硬いベッドに腰を下ろし、誰に言うでもなくつぶやく。
岡本に諭されて以来、俺は毎日裏庭とひまわり畑に足を運んでは夏生を探していた。葉が赤に黄色に色づいた裏庭や、枯れた花々がすっかり撤去されたひまわり畑は、季節がもう夏でないことを雄弁に語っていた。
でも、俺は諦めない。
あの日に、そう決めたから。
「霜谷ー、元気かー?」
「こんにちは。霜谷くん」
回想にふけっていると、唐突に聞き馴染みのある声が飛び込んできた。
「おっす、二人とも。病院の中でも遠慮なしとは……相変わらず仲良さそうだな」
つながれた二人の手を見ながら、俺はからかった。
「え? あ……!」
「ふぇ⁉ あ、私たち……手つないだままだった……」
岡本と佐原さんは、今気づいたようにパッと手を離した。その様子が何とも初々しくて、俺は思わず笑ってしまった。
「ははは。もう結構経つのに、亀より進むのが遅いんじゃないか?」
「うっせ! 余計なお世話だ!」
俺の軽口に、岡本は顔を赤くして反論した。
夏生がいなくなってから、俺たちの間には微妙な雰囲気が流れていたが、最近になってやっと戻り始めていた。
今まで通りに楽しく過ごしていたら、ひょっこり彼女が姿を見せるかもしれない。
そんな淡い期待をみんな持っていたのか、誰ともなく軽口をたたき合うようになっていた。
「それで、どうだった?」
いくらか二人をいじったところで、俺は尋ねた。
「ああ。わりぃ、今日も見つけられなかった」
「ごめんね。今日はショッピングモールの中とか、霜谷くんと夏生ちゃんが行ったっていう花火大会の会場とかを探してみたんだけど……」
真っ赤にしていた顔を曇らせて、二人は答えた。
「そっか。二人ともありがとな」
軽口を言っていた時となるべく調子が変わらないように、俺は言った。
わかってはいた。
もし見つかっていれば電話してきたり走ってきたりで大慌てだろうし、何か痕跡があれば軽口をたたき合う前に言ってくれるだろうから。
でも、直接二人の口から聞くまでは、どうしても期待を捨て去ることができなかった。
「……でもさすが夏生だな。あいつ、かくれんぼとか得意そうだし」
少なからず落ち込んでいるのがわからないよう、俺は冗談を口にしてみる。すると、岡本からじろりと睨まれた。
「またへったくそな冗談言いやがって。無理はするなって言っただろ?」
「……ああ、わるいな」
全く、こいつには敵わないな、と思った。佐原さんのことになると情けなくて弱々しくなるくせに、俺のことになると見透かしたかのように遠慮なくズバズバと言ってくる。悔しくもあるが、正直今の俺にとってはありがたかった。……佐原さんの時も、これくらい男らしくなればいいのに、とは思うけど。
「……なんか、余計なこと考えてねーか?」
「いや、別に」
沈んだ気分もだいぶ紛れてきたので、俺はさらにそれを振り払おうと仰向けにベッドに倒れ込んだ。パイプの脚が、ギシギシと頼りない音を立てる。
「そういえば、霜谷くんの体調の方はどうなの?」
それまで見守るように俺たちのやり取りを見ていた佐原さんが、思い出したように言った。
「ああ、今日の問診や検査でも異常はなし。外出禁止期間も、今日で終わるらしい」
ぼんやりと天井を眺めながら、俺は昼に先生から聞いた言葉をそのまま口にした。
外出禁止期間が終わるということは、外出届さえ出せばまた前みたいに外を出歩くことができる、ということだ。本来なら病院外に夏生を探しに行ける絶好の機会だが、岡本たちのおかげで、心当たりのあるところはほとんど探し尽くしていた。
「外に探しに行けるようになるのは嬉しいけど、後はどこあるだろ……」
ごろん、と寝返りを打ってみるも、頭の中はモヤモヤしたまま。思考の端から、良いアイデアが突然入り込んできたりするはずもない。
「あ、じゃあさ。ちょっと遠いけど、あそこ探しに行ってみようよ!」
うなりながら真っ白なシーツに顔をうずめていると、佐原さんが声を弾ませて言った。
「あそこ?」
「ほらっ、キャンプ場だよ! 遠くてまだ探しに行ってなかったでしょ?」
岡本の疑問に、佐原さんが答える。
キャンプ場……。
シーツに沁み込んだ病院独特のにおいを感じつつ、思考をめぐらせる。
そういえば、前に夏生とキャンプ場について話したことあったっけな。夏生のおかげで調子が良くて、外泊許可が下りそうで、岡本も賛成してくれて……。
――何か嫌なことがあって行きたくないとかあるんだったら、言ってくれよ
俺の言葉が、不意に頭の中に蘇る。
あ、そうだ。あの時、なぜか夏生は複雑な、切なそうな表情をしていた。場所が示ヶ丘だとわかるまでは、楽しみにしていたキャンプが叶いそうで明るく笑っていたのに。
記憶の断片を手繰り寄せて、俺は必死に思い出そうとする。
――嫌なこととかは全然ないよ! むしろいい思い出があるくらい!
でも、彼女はすぐにいつものように笑って、確かにそう言っていた。いい思い出があるから、大丈夫だって…………あれ? いい思い出?
「それだ!」
俺は叫びながら飛び起きた。びっくりしたように目を見開いた二人の顔が視界に入ったが、俺は構わずに続けた。
「前に、夏生が示ヶ丘のキャンプ場にはいい思い出があるって言ってたんだ。ってことは、夏生は以前、俺たちと会う前にそこに行ったことがあるはず。しかも、夏生は夏の間、涼しい森の中とか洞窟とかで過ごしていたって会ってすぐの頃に言ってたから、もしかしたら住んでいた可能性もある。なら、今いる確率はかなり高い!」
病院のにおいをこれでもかと吸い込んで辿り着いた推理を、俺は一息に話した。目を丸くして俺を見つめる岡本と佐原さん。そんな二人の様子に、俺はハッと我に返った。
「あ、いや……急に思いついたもんだから、つい……」
「いや! よく思い出したな、霜谷! ってかもっと早く思い出せよ!」
ちょっと後悔しかけた俺の言い訳をよそに、岡本は俺の背中をベシッとたたいた。思いのほか強く、肌にジーンと感触が残った。
「いってーな。力強すぎるんだよ」
「わるいわるい。でも、お前が言ってたことは十分可能性があるよ。今度許可取って行ってみよう」
なぁ、奈々? と岡本は隣に座っている佐原さんに目を向けた。佐原さんも納得しているようで、「きっと夏生ちゃんはそこにいるよ!」と目を輝かせている。
きっと、もうすぐ会える。
二人の意気揚々としたやり取り見ていると、不思議とそう思えた。そして、そう感じたのは今日だけじゃない。
岡本に諭されてから数日後、俺は二人に夏生とのことを全て話した。夏生との出会いから彼女の正体、俺たち二人の契約など、必要だと思ったことは全て。
それから、どんな言葉が二人の口から飛び出して来るのかと身構えていたが、それは何ともあっさりしたものだった。
――話してくれてありがとう! なんかホッとしちゃった!
――俺もホッとした! これで俺たち四人、もっと仲良くなれるな!
そんな言葉を、二人は満面の笑顔とともに俺に向けてくれた。
他にも、仲直りのお礼が言いたいこと、最初は驚いたけど怖いとかそんな感じはしなかったこと、むしろ今まで気づいてあげられなくて申し訳ないことなど。もっと早く二人に伝えておけば良かったな、と心の底から思った。
また、四人で集まって楽しく遊びたい。わいわいと騒いで、どうでもいい話で盛り上がりたい。そのために、夏生を見つけ出したい。そう思えるように、なっていた。
もちろん、それは簡単じゃない。岡本たちに手伝ってもらっていろいろな場所を探したけど見つかっていないし、仮に示ヶ丘キャンプ場にいるとしても、あのだだっ広いキャンプ場だ。隠れているであろう夏生を見つけられる可能性はかなり低い。しかも、今回は両親を連れて行けないので外泊は厳しい。冬になると立ち入り禁止になる区域もあることを踏まえると、計画的に探さなければいけない。
――でも。
困難はいろいろあるけれど、岡本と佐原さんがいれば何とかなるような気が、俺にはしていた。
「なぁ、それでさ、早速――」
探す計画を持ち掛けようとした、その時だった。