七年前のあの日、私はどうかしていたと思う。
夏はいつも、薄暗くてひんやりとした洞窟の中で過ごしていた。というより、冬以外は基本的に洞窟暮らしをしていた。
理由は至って簡潔明瞭。
私は、雪女だから。
私の髪や手足は余すことなく真っ白で、目の色も他の人と違う。そして熱にたまらなく弱い。外気が一定以上の温度になると、途端に体が全くと言っていいほど動かなくなる。猛暑と呼ばれる特に暑い日は、指一本動かすのでさえ難しかった。だから夏の間は、涼しくて誰も来ないような薄暗い洞窟の奥のほうで、眠るように過ごしていた。
でもなぜか、あの日は外に出ていた。
多分、悪い夢を見たからだった。私がこの世界に存在し始めてから、まだ間もない頃の夢。
その日は吹雪だった。にもかかわらず、生まれたて、というよりも存在したての私はあちこちを歩いていた。そして、初めて人を見た。すごく嬉しかったことを覚えている。ずっと、ひとりだったから。その人はどうやら道に迷っているらしく、今にも倒れてしまいそうな足取りで歩いていた。
――どうしたの?
私は無邪気に尋ねる。
直後、恐怖で歪んだ目が私を捉えた。
――く、来るな! 化け物っ!
この世界を知ってから三日目に、初めて人から言われた言葉。
ホワイトアウトの中、消えていくその後ろ姿。
――あっ! ダメ! そっちは……!
そして、すぐ後に響いた悲鳴は、今でも耳の奥にこびりついて離れない。
そんな記憶から逃げるように、私はあの日、洞窟から外に出た。
その日は、夏にしては涼しい日だった。いつもなら動かすのが億劫な手足も、思い通りに動いてくれた。私は、久しぶりの外に少しだけわくわくしていた。
でも、同じくらい不安もあった。
決して人には近づかない。
あの吹雪の日に、私はそう決めていた。
私を見れば、きっとその人は怖がってしまう。ここはキャンプ場で有名らしいので、キャンプに来ている人も多いだろう。そんな楽しい思い出をつくりに来た人たちの記憶に、恐怖なんて欠片も残したくない。
そして何より、私が傷つきたくなかった。もうあんな思いはしたくなかった。だから私は、なるべく人に会わないように目についた小道から森の奥へと入っていった。
森の奥は、自然の音で溢れていた。周囲に響き渡っているセミの鳴き声から、鳥が飛び立つ時の葉擦れの音まで。洞窟の中では出会うことのなかった様々な音が、そこにはあった。
「あれ?」
どこまでも先へと続いているような小道の脇に、小さなリスか何かの動物が横たわっているのが見えた。急いで駆け寄ってみると、足先の部分から血を流していた。
「ケガしてる」
どうしよう。今の私は着ているもの以外、何も持っていない。仮にあったとしても、小さな動物を治療する知識はない。今の私にあるとすれば、対象を凍らせる変な力のみ。
なんだか、泣きたくなった。
神様が、ささやいている気がした。このまま放置すれば、他の動物に食べられたり傷口に菌が入ったりして苦しんで、死んでいくだけ。だからそうなる前に、私に力を使え、と。
気持ちだけじゃなかった。
私は、本当に泣いていた。泣けてしょうがなかった。涙が、とめどなく溢れてきた。
なんで、私にはこんな力があるんだろう。
誰も、何も救えない力。
下手に使えば、生命を奪いかねない力。
暖かい生命の息吹に、私は冷た過ぎる。
「ごめん、ね……」
私は泣きながら、そっとその小さな生命に手を当てた。