その後俺たちは、看護師さんたちに見つかることなく、なんとかタイムカプセルを裏庭の端にある木の近くに埋めることに成功した。一仕事終えた達成感を味わいながら、俺と夏生はいつものひまわり畑に向かって歩いていた。
「今日の夜、行くんだよな?」
「うん! すっごく楽しみ!」
夏生は心の底から嬉しそうに笑った。
キャンプの後、どうしても花火大会に行きたいと夏生がせがむので、俺はたまたま近くで開催される小さな花火大会に行くことを提案した。示野川の花火大会は、岡本と佐原さんが行くかもしれないのでやめておいた。万が一鉢合わせでもしようものなら、絶対いじられるに決まっている。
でも、もし夏生が示野川の方に行きたいと言えば、迷わずそうするつもりでいた。やっぱり夏生が行きたいところに行くのが一番だし、岡本たちと出くわしたらこちらもいじり倒せばいい。
しかし意外にも、夏生はあっさり頷いてくれた。若干拍子抜けしたが、喜んでくれているのでよしとすることにした。
「それと、後は何してないっけ? 夏らしいこと」
俺は大きく伸びをしながら聞いた。
「んー、わりといろんなことしてるよね」
夏生は少し考え込んでから答えた。
「そうだな、キャンプもしたし」
「肝試しもしたし!」
何かを思い出したように、夏生はクスクスと笑った。こういういらないことばかりを覚えているので困る。
「もういいだろ、その話は」
俺は素っ気なく言った。
「いやー、佳生って意外と怖がりなんだね。他の人が連れてきてた犬の鳴き声に驚いてたし」
「急に吠えたからだ」
「これからやるぞー! って時でまだ始まってなかったけどねー」
夏生は、笑いをこらえるように口を手で押さえた。
「水滴にビビるし」
「首筋に入れたのは夏生だろ!」
「声かけただけなのにめっちゃ驚くし」
「意図的に大きな声出してただろ!」
俺は思わずむきになって反論した。すると夏生は、俺のポケットに入っているスマホを指差して言った。
「写真のとこの、一番上のアルバム見てみて」
「アルバム?」
嫌な予感しかしなかった。慣れない手つきで画面をタッチし、アプリを開く。
今の俺のスマホには、ほとんど写真は入っていない。高校入学と同時に買ってもらったスマホだが、入学してすぐ入院してしまったのでずっと使わずに放置していたからだ。そのため、入っている写真の大半はこの前のキャンプの時に撮ったものである。
少しスライドさせていくと、夏生の言うアルバムはすぐに見つかった。
俺がビビりまくっている写真と、動画だ。
「おまっ、これ! いつ撮った⁉」
動画の中の俺は「ひゃう⁉」とか言いながらジャンプしていて、直後に夏生と佐原さんの笑い声が入っていた。恥ずかしいことこの上ない。
「いや~、上手に撮れてるでしょ? バーベキューしてたところに佳生が忘れてたから預かってたの。アルバムにしたのはおまけよ」
夏生はケラケラとあけすけに笑いながら答えた。
「……今すぐ消していい?」
「えー、せっかく奈々ちゃんに使い方教えてもらって作ったのにー」
「人のスマホで勝手に撮るな」
「まぁまぁ。みんなの写真も入れておいたし、いい思い出ってことでとっといてよ」
「意地悪な雪女だな」
俺はふくれながらそう吐き捨てた。でも悪い気はしない。それどころか、ちょっとだけ嬉しかった。……口には出さないけど。
「ふふっ、ごめんごめん。もう勝手に撮ったりしないし、笑わないから」
「笑いながら言うな」
「だっておかしいんだもん。でも、そんな怖がりなのによく初めて会った時平気だったね」
完全に妖怪の姿だったんだけどな、と夏生は懐かしそうに言った。俺もそれにつられて、夏生と会った日のことを思い出す。
夏生と病院の裏庭で会った日から、もう二ヶ月が経っていた。
「あの時はそれどころじゃなかったからな」
「まぁ、うずくまっていたからね」
夏生も思い出したように言った。
「ほんとひどかったからな、マジ助かった。てか、あの時裏庭のどこにいたんだ?」
ふと素朴な疑問に思い至り、夏生に尋ねてみた。あの日、裏庭に入った時は確かに誰もいなかったはずだ。小さな垣根はあるが、さすがに人が隠れられるほど立派なものではない。
「さーてね、どこにいたでしょうか?」
夏生は人懐っこい笑みを浮かべて、こちらを見た。まるで、面白いなぞなぞを思いついた子どものようだった。
「わからないから聞いてるんだろ」
「そんな簡単に教えたらつまらないじゃん」
「そういう問題か?」
やたら人をからかうのが好きなやつだな、と俺は思った。どうにも先ほどから遊ばれている気しかしない。
「しょーがないなー。じゃあヒントね。ヒントは、キャンプです!」
「は?」
間抜けな声が出た。キャンプ? 裏庭とどう関係するんだ。
俺の思考がフリーズしたのを見てか、夏生はやれやれといった様子で続けた。
「もうー。鈍感で臆病な佳生くんに、大ヒントを差し上げましょう」
「余計なお世話だ」
こいつはいつまで肝試しを引っ張るつもりだ、と心中で毒づく。さすがに俺もそろそろ心が折れそうだ。
「大ヒントは……私がひとりでいる時によくいる場所です」
夏生は笑いながら、そう言った。
再び、思考が停止した。
頭の中に、キャンプでの夜の出来事が思い浮かんだ。
暗闇に広がる星空。
夏生の青い瞳。
俺が知らない、夏生の笑顔……。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、夏生は「はい、ヒントおしまい!」と区切った。そして、声の調子もそのままに話を続ける。
「もしわかったら、豪華景品があなたのものに!」
「え、何それ」
「んー、内緒っ!」
夏生はそれだけ言うと、ひまわり畑の方に走って行ってしまった。
俺も慌てて夏生の後を追いかけた。