楽しかったキャンプから一週間後、俺はひとり黙々と手紙を書いていた。

 宛て先は、退院後の自分。

 なんの冗談だ、と思った。不治の病で余命宣告を受けているにもかかわらず、退院後の自分に手紙を書いている人など、世界でも自分ひとりくらいのものだろう。

 横目でちらりと、サイドボードに置かれている学級通信に目をやる。キャンプの前に、岡本がお見舞いついでに持って来てくれたものだ。


 ――三十の自分へ。未来を見つめよう。


 最初の小見出しのところに、やたら太く目立つようにそう書かれていた。

「タイムカプセル、ね」

 ぽつりとつぶやく。実は、このプリントを夏生が見てしまったことがそもそもの原因だった。

 昨日、夏生は何の気なしにサイドボードに置かれていたプリントの束を見ていた。すると突然、「あ!」と声をあげた。気になって上からのぞき込んで見ると、そこにはクラスで三十歳の自分に宛てて手紙を書きました、的なことが書いてあった。

 これは絶対持って来ちゃダメなやつだろ、と思った。痛熱病は不治の病としてこのあたりではそこそこ知られている病気だ。余命宣告の具体的な内容までは伝わってないにしても、三十歳まで生きるのが難しいことくらいは誰もが知っている。そんな痛熱病患者である生徒のもとにタイムカプセルの話題を持ち込むなど、担任のミスなら相当なクレーム案件だ。


 やれやれ、と俺はため息をつく。入院したてのころなら激怒していただろうが、今はもう諦めがついている。契約を交わしたといっても、その諦念だけはなくなっていなかった。

 ひと通り書き終えると同時に、病室のドアが勢いよくガラリと開いた。

「佳生おはよー! 書けた?」

「夏生か。一応な」

 俺は、書いたばかりの手紙を目の前でひらひらさせた。すると夏生が、「見せて~」と飛び込んできた。

「うおっ! いやいや、今見ちゃダメだろ」

「えー、けちー」

「けちとか、そういう問題じゃない」

 俺は手紙を封筒に入れた。この封筒も、プリントの束の中にあったものだ。全く何を考えているんだろうか、と思った。

「そういう夏生は書いたのか?」

 俺は、夏生が熱への耐性を受け取り終わるのを待ってから尋ねた。

「うん、書いたよ」

 夏生が、ポケットから封筒を取り出した。

「見せて」

「さっき自分はダメだとか言ったくせに」

「冗談だよ」

 俺は苦笑して、視線を窓の外へと移した。

 視界の端に留まるのは、青く茂った葉の数々。全てが同じようで、実際はそれぞれが色も形も微妙に異なっている。

 ふと、久しぶりに自分が窓の外の葉に目を留めていたことに気がついた。契約を交わす前、夏生と出会う前は、病室にいる時はいつも外ばかり眺めていた。でも、夏生が病室に来るようになってから、俺はほとんど見なくなっていた。

「変わるつもりなんてなかったんだけどな」

 思わず、考えていたことが口をついて出た。

「へ?」

 夏生は不思議そうに首を傾げる。

「いや、なんでもないよ。それよりさ、これどこに埋めるんだ?」

 なんとなくしんみりしていた気持ちを切り替える意味で、俺は夏生に聞いた。そんな俺の考えに気づく様子もなく、夏生は「うーん……」と頭をめぐらしている。

「やっぱり、裏庭じゃないかな」

 そこしかないといった感じで、彼女は言った。

「ばれたらやばそうだけどな」

「今さらでしょ」

「今さらだな」

 俺と夏生は、顔を見合わせて笑った。