「……っつ」

 痛みで目が覚めた。
 俺は、むくりと上半身を起こす。

 痛い。焼けるように、痛い。

 それほどひどくはないが、明らかに発作だった。まだ幸運だったのが、夜中で全員寝静まった後だったことだろう。隣に目をやると、安らかな顔で岡本と父親が寝息を立てていた。

「みんなの前で起きなくて良かったな……」

 暗闇の中で、俺はそっとつぶやいた。

 実は、発作は今日で既に三回起きていた。二回目の時はみんなの前で起きてしまったが、一回目と三回目はどちらも夏生と二人きりの時だった。なので、実質今日使った鎮静剤はひとつだけだ。

「明日も、なんとか誤魔化さないとな」

 痛みをこらえながら、カバンから注射器を探す。

 事前に提示された条件のこともそうだが、みんなの前で発作が起きるとどうしても雰囲気が悪くなる。今日の二回目の時なんて、一時間もの間、誰も自分から話そうとしなかった。あらかじめわかっていたことだったが、そこまで重くとらえられると逆にこっちが罪悪感でどうにかなりそうだ。


 また、心配事は他にもあった。もしかすると、夏生が焦って能力を使ってしまうかもしれない。それでバレてしまえば、説明は逃れられない。下手をすれば、みんなの夏生への態度も変わってしまうだろう。

 そういった懸念が多々とあったので、なるべくみんなの前での発作は避けたかった。
 俺は注射器を手に、そろそろとテントを出た。

「うわぁ……」

 思わず、ため息がこぼれた。
 眼前に、一面の星空が広がっていた。普段は視認することができないような弱い光の星々までもが、はっきりと見えた。病院の裏庭で見た星もすごかったが、キャンプ場ともなると、もはや次元が違っていた。

「痛っ!」

 突然、背中に激痛が走った。星空のあまりの壮観さに一時痛みを忘れかけていたが、どうやらそのまま治まるほど都合良くはいかなかったらしい。徐々に痛みも強くなってきていて、手も痺れてきた。

「とりあえず、薬だな……」

 テントから少し離れ、持っていた注射器のキャップを外した。

 あと一回、みんなの前で発作が起きたら中止か。

 ここに来る前、先生から言われた条件を思い出す。念願のキャンプだったので、できることなら中止にはしたくないが、そうも言ってられないだろう。

 これ以上使わないことを願って鎮静剤を太ももに打とうとした時、冷たいものが注射器を持つ右手に触れた。

「え?」

 見ると、夏生だった。しかし、身体は白く、その装いは普通の人ではない。

「待っててね、すぐ鎮めるから」

 夏生は目を閉じると、手に力を込める。それと同時に、うそのように身体中の痛みと熱さが引いていった。

 数分の後、夏生はそっと手を離すと、俺の方へと向き直った。その瞳は、深い青色に輝いている。

「ありがとう、夏生」

「どういたしまして」

 綺麗だな、と思った。

 透き通るような青。

 天上に広がる星々とは、また違った輝き。

「耐性、もらうか?」

「うん」

 夏生は、今度は俺の左手をとって胸の前まで持ち上げると、祈るように両手でぎゅっと握った。
 夏生の身体が、闇の中で淡く光りだす。白い手が、髪が、昨日みんなの前で見ていた人間のそれへと変化していく。

「ありがとう、佳生」

「どういたしまして」

 俺たちは顔を見合わせて、小さく笑った。いつもやっていることだけど、今はなぜか、とても嬉しかった。

「そっか、もう時間経ったもんな」

「うん。もし奈々ちゃんたちが起きて気づいたら、大変だから」

 少しだけ悲しそうな顔で、夏生は言った。

「だから、外にいたのか」

「……うん」

 俺と夏生は、近くの木の根元にあった石に腰を下ろした。その石は予想以上にひんやりとしており、近くには凍った水たまりがあった。


 それから俺たちは、しばらく空を見上げていた。

 プラネタリウムのとは比較にならないくらいの、濃密な星空。全て同じように見える星々でも、そのひとつひとつは違っている。大きさも、色も、輝きも。
 小さく、それでいてはっきりと瞬く星たちを見つめながら、俺はここへ来る時に感じたあの疑問を思い出していた。


 ――この契約が終わったら、俺と夏生は……。


 聞きたかった。


 でも、なぜかそれは聞いちゃいけないことのような気がした。

 喉まで出かかった言葉を、俺は飲み込む。
 もし聞いてしまったら、何かが変わってしまう。そう思った。
 

 ……。


 …………。


 ………………。


 それから、どれくらい経っただろうか。

 俺たちはかなり長い間、夜空を見つめていた。
 すると唐突に、夏生が口を開いた。


「何か、気になることでもあるの?」


「え?」

 驚いて、夏生の方を見る。

 夏生は微動だにせず、ただ星空を眺めていた。