切り終えた最後の材料をテントの方に持って行くと、岡本が今か今かと待ち受けていた。
「遅いぞー、佳生。どうせ慣れない包丁さばきで、雪村さんの足引っ張ってたんだろ?」
「うっせーよ。そっちこそ佐原さんに注意されまくってたじゃねーか」
どんぐりの背比べというフレーズが頭の中に浮かんできそうになったが、気のせいだと思うことにした。
「……よしっ、お待ちかねのバーベキューだな」
「おーい。無視すんなー」
急に話題を逸らしにかかる岡本に、俺は笑いながら言った。付き合ったりなんだりいっても、こういうところは変わってないんだな、とつくづく思う。岡本はそのままぶつぶつ独り言をこぼしつつ、食材が並べられた簡易テーブルへと歩いていった。
テーブルの近くでは、父親がバーベキューセットに炭を入れ、火をおこしていた。手際よく空気を下から中に入れ、火力が偏らないように炭の配置を変えている。
夏生は父親のそばで、目をキラキラさせながらその様子を眺めていた。
――夏生は、契約が終わったらどうするんだろう。
ここへ来る途中の、岡本との会話で浮かんだ疑問が頭をよぎった。
普通に考えるなら、それで俺と夏生との関係は終わりだ。それぞれが住む世界へと帰っていき、もう交わることはない。
本当に、それでいいのか。
心の中で、自分に問いかける。
冬だけなら会ってもいいんじゃないか。そう考えている自分がいることに気づき、俺は苦笑した。
普通、わざわざ冬に雪女に会いに行こうとするやつはいない。いるとするなら相当な物好きか、自殺願望者くらいだろう。もちろん、俺はそのどちらでもない。妖怪マニアじゃないし、自殺願望についても、そんな時が来るなら病気は治っていて自殺したいなんて思っていないはずだ。
つまりは、そういうことなんだろうな。
声にならない言葉を、口の中で転がす。俺の中では、もう夏生はただの雪女じゃない。恋愛感情とかそういう感じかはわからないけど、少なくとも俺にとって大切な人であることは、はっきりとわかった。
「岡本のせいだな」
あいつが余計なこと言うから、気づいてしまった。全く面倒なことを……
「俺がなんだって?」
「わっ!」
驚いて振り返ると、目の前に岡本がいた。その手には飲み物と、熱々の肉や野菜が乗った紙皿があった。
「ほれ、霜谷の分。ぼけっと突っ立ってないで行くぞ」
「あ、ああ……」
今はいいか、と俺は思考を切り替えてそれらを受け取った。
ここで考えていても仕方ない。夏が終わりに近づいたら、それとなく夏生に聞いてみよう。
俺はそこまで考えて、岡本の後に続いた。