いったいいつから、こうして窓の外ばかりを見つめるようになったのだろう。
気が付くと、いつも視線の先は揺れる木の葉に留められている。でも、そのことをどうと思うわけでもない。ただ、なんの生気もないリノリウムの床や、暇な時にしか見られることのないしみだらけの天井を眺めるよりも、ずっと安心できた。
時おり吹く南風に揺らされて音を立てる木々の音色に、何を思うでもなく耳を傾ける。
すると、そこに重々しく病室のドアを開ける音が割り込んできた。
「佳生、調子はどう?」
大きめのビニール袋を提げた母親が、ぎこちない笑顔を浮かべて入ってきた。
俺、霜谷佳生は一瞥して頷くと、そのまま視線を窓の方へと戻した。
べつに反抗期ってわけじゃない。ただ、返事をすることに意味を見出せなかっただけだ。
「もうすぐ本格的に夏だって言うのに、なんだか今日は冷え込むわね」
ベッドの脇にあるイスに腰掛けながら、母親はそう言った。
「昨日なんて二十五度もあったのに、さっき病院の前の気温計を見たら十度だって」
異常気象かしら、などと一人で話し続ける母親に申し訳なさを感じつつも、どうしても返事をする気にはなれなかった。そんな世の中の話など、今の俺にはなんの関係もない。
「……佳生。今日は、発作は起きなかった?」
「二回」
俺は吐き捨てるように答えた。
俺の生活を一変させた、憎むべきもの。でも、今の俺にはそんな当たり前の感情すら湧き上がってこない。ただ、どこにも向けられないやるせなさと虚しさが、心の中を支配していた。
「そう……。でも、まだ治らないって決まったわけじゃないから……」
「…………」
慰めだ。
瞬間的に、そう思った。
でも、言わない。
言いたくない。
言う気も起こらない。
正直、もう放っておいてほしかった。
そんな気持ちを汲み取ったのだろうか。母親は小さくため息をつくと、そのまま立ち上がった。少しだけ、視線を向ける。
「今日は、もう帰るわね」
さっきよりも小さな声で母親はそう言い、病室を出ていった。
俺は終始、母親と目を合わせられなかった。