照り付ける太陽。少し湿気の多い新緑の香り。あたり一面に響き渡るセミの鳴き声。
俺たちは、病院からさほど遠くないところにあるキャンプ場――示ヶ丘キャンプ場に来ていた。
先生に頼み込んだ結果外泊許可はなんとか出たものの、想定していた通り条件をいくつか提示された。
まず、病院から車で三十分以内であること。保護者が二人以上同伴で、決して一人にはならないこと。そして、発作が二日間で三回以上起こったら即中止することの三つを言われた。俺は、親にもお願いをして全ての条件を飲むと同時に、もしそれで大事があっても自己責任ですといったようなことが書かれた誓約書にサインをした。内心は申し訳なさでいっぱいだったが、それと同じくらい嬉しさもこみ上げていた。
今は、乗ってきた車を降りて全員でテントが張れる開けた場所まで移動中、といったところだ。
「にしても暑いな」
岡本が汗をぬぐいながら、恨めしそうにつぶやく。
「夏、だからな」
俺は、持ってきた水筒を一息に煽った。熱く火照った身体に、冷たい麦茶が沁み渡る。
「それで、どうかな?」
俺と同じように水分補給を済ませた岡本が、やや前方を見ながら言った。
「ああ、おまえにぴったりだと思うよ」
その視線の先を追うと、二人の少女が楽しそうに談笑して歩いていた。
「岡本はどっか抜けてるところあるからな。あれくらいしっかりしてないと俺も安心できないってもんだ」
「おまえは娘の身を案じるおとんか」
岡本は苦笑を浮かべつつも、どこか嬉しそうに、俺たちより少し前を歩く夏生ともう一人の少女――佐原奈々に再び目を向けた。
最初紹介された時の第一印象は、小動物だった。人見知りなのかあまりしゃべらないし、大人しそうで岡本と続くのか正直不安だったが、杞憂だった。
夏にもかかわらず冬用の寝袋を持ってきた岡本とは違って、しっかり夏用を、それも予備にと二枚用意していた。キャンプ場の駐車場に着いてからも、キャンプ初心者とは言いながら、それぞれの荷物の重さが偏らないよう、バランスを考えた分担を提案するなどの活躍を見せた。まぁ、ともかく、どこか抜けてる岡本には必要な人材だと、会って数時間ながら実感したわけである。
そんなことを考えていると、岡本が今度はおまえの番だとばかりに肩を組んできた。
「つーか、おまえの方こそ病院で何やってんだよ」
「ん? 何が?」
俺はとぼけたように言った。
「何が、じゃねーって。病院で彼女作るとか、どんなドラマがあったんだ?」
俺たちの後ろを歩いている俺の両親を気にしてのことか、岡本は小声で聞いてきた。
「いや、だから、彼女じゃないって」
「うそつけ。じゃあこの前の病室でのあれはなんだ?」
今日はやたらと絡んでくるな、と思った。彼はそこまで何かに固執するような性格ではない。むしろ、かなりさばさばとしていて、自分からは決して他人の領域には踏み込まない、といった印象さえあった。
「まぁ、それはいいじゃないか」
恋人ができてその辺も変わったのだろうと結論付け、とりあえずは受け流す方針でいくことにした。
「……それで俺が諦めると思うか?」
岡本がにやりと口の端をあげる。
勘弁してくれよ、と思った。俺としても少しくらいは対策を考えているが、なにぶんこいつは頭がいい。あちこち突っつかれてぼろを出すといった問答はできれば避けたかったのだが、そうもいかないようだった。
「はぁー……少しくらいなら」
つい数分前に決めた方針を、早々に放り投げる。
「よし。んじゃあ、まずは出会いから」
「べつに、偶然病院で知り合っただけだ」
このあたりは予想通り。ただ、前に夏生が母親にクラスメイトだと言ってしまったので、ここは口裏を合わせないといけなくなる。
「でも、会ったのは俺がこっそりベッドを離れた時だったから、親には心配かけないようにクラスメイトってことにしてあるんだけどな」
「なんか、初っ端から面倒くさいな」
岡本はやれやれといった顔で首を横に振った。俺と岡本の間ではこういう口裏合わせはよくあることなので問題はないだろう……多分。
「頼むぞ?」
「わかってるって。んじゃ、次な」
そこで、岡本はなぜか口をつぐんだ。不思議に思って見ると、岡本は目を俺の方へやったり、夏生たちの方へやったり、何もない森の方へやったりとそわそわしていた。
あ、これは聞きにくい質問が来るやつだな。
そんな予感を抱きながらも、俺は先を促した。
「なんだ? どした?」
「いや、その……えっと、ど、どこまで進んだ?」
「……は?」
一瞬、こいつが何を言っているのかわからなかった。なんだ、その飛躍した質問は。というか、出会いの次の質問がそれとか過程すっ飛ばしすぎだろ、と思った。
「いやだから、そもそも俺たちはおまえらみたいな関係じゃ……」
「そこに関しては言わなくて結構。ほら、俺らよりもおまえら進んでそうだし、ちょっと参考までに……な?」
「……本当に聞きたかったのはそこだな?」
俺は意趣返しとばかりに投げかけた。
「……はい」
岡本は自首する被疑者みたいにうなだれた。それと同時に汗が数滴、滴り落ちる。
「まぁ、気持ちはわからんでもないけど……」
なんといっても、俺と夏生の関係は普通のものではない。恋人関係でも、友人関係でも、はたまたただの知り合いというのもなんか違う。
どう収集をつけようか迷っていると、岡本が汗を拭いつつ口を開いた。
「でもさ、やっぱり付き合ったらこれからどうしよう、とかなるじゃん?」
俺、恋愛不得手だしさ、と岡本は笑みをこぼす。
その時、俺の頭の中に、ある疑問が唐突に浮かんだ。
――俺と夏生って、契約が終わったらどうなるんだろう。
今まで考えたこともなかった。というより、考えようとしなかった。そこに関しては、夏生からも何も説明は受けていなかった。
俺の病気を治したら、夏生はどうするのか……。
何か言っている岡本をよそに、俺は、言い知れぬ不安を覚え始めていた。