「そのキャンプ、彼女も連れて行ったらダメか?」
「は?」
「いやだから、彼女を……」
「待て待て、聞こえてるって。でも、突然どうした?」
同じ言葉を繰り返そうとする岡本を手で制し、その理由を聞いた。当たり前だが、学校に行っていない俺はその彼女とやらとは面識がないし、なにより相当気まずい。彼女の方も、痛熱病を患った休学生などと会っても困るだけだろう。デメリットしか見えてこないこの提案にどんな思惑があるんだと思いつつ、俺は岡本の返事を待った。
岡本は目を右往左往させていたが、やがて意を決したように俺を真っ直ぐ見据えた。
「霜谷にさ、紹介したくて」
「はい?」
「いやだから、霜谷に……」
「そのくだりはいいから続けろ」
なんだかループしそうな問答を押しとどめて、先を促す。
「俺さ、こんなに真剣に人を好きになったこと、今までなかったから。だから、幼馴染の霜谷には彼女のこと、知っててもらいたくて、その……」
「お前は内気の草食系男子か」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら話し続ける岡本に、ツッコミを入れた。
やっぱこいつ変わったかも、とさっきの岡本評価を訂正する。
「とにかくっ! 頼む!」
「あぁわかった、わかったよ。しょうがねえな」
俺はもうこれ以上岡本の惚気を聞くのが面倒くさくなったので、了解することにした。岡本は本当に嬉しかったのか、横で何度もお礼を言っている。
でもこれで、俺も夏生のことを言いやすくなったな。
俺はそんなことを考えながら、夏生のことを話そうとした時だった。
「佳生! おはよう!」
病室のドアが勢いよくガラッと開き、ここ最近一番聞いている声の主が入ってきた。
「夏生か。おはよう」
といってももう昼なんだがな、と思いつつ返事をした。
夏生はあの天の川観察の夜以来、ほぼ毎日病室に顔を出していた。なんでも俺が来るのが遅いとかで、自分から来るようになったのだ。
「早速、いい?」
「え、ちょっと待て、今は……」
俺が止めるより早く、夏生は岡本の横をすり抜けてベッドのそばまで来ると、俺の右手を自分の両手で握った。外からの日光でほとんどわからないが、ぼんやりと夏生の身体が青く光りだす。
実はこの時の夏生は、以前言っていた自分の力で人間になっていた。しかし、その持続時間は微々たるもので、なるべく早く俺から耐性をもらわないといけないらしいのだが、なにぶんタイミングが悪かった。おそるおそる横を見ると、呆然とした様子で岡本がこちらを眺めていた。
俺は半分無駄と知りつつも、とりあえず弁解を試みる。
「いや、あのな、岡本。これは……」
「わかってる霜谷。何も言うな」
「いや、絶対わかってないって」
呆然から一転、したり顔でこっちを見てくる岡本に、俺はささやかに抵抗した。だが、この構図を見てから反論しても、もはやなんの効果もないことは明白だった。
夏生ももうちょっと空気読んでくれよ。
隣で懸命に耐性をもらっている彼女に、心の中で抗議する。
唯一の救いとしては、岡本が夏生の身体の光に気づいていないことだった。こればっかりは説明のしようもないので、特に疑う素振りも見せない岡本の様子に、俺はほっと胸をなでおろした。
そうこうしているうちに耐性の吸収が終わったらしく、夏生は手を離した。
「よしっ。これで今日も頑張れそう!」
「それは良かったんだけど、ほら……」
俺は視線だけを夏生から岡本の方へと移した。すると、今初めて岡本の存在に気づいたかのように、夏生は顔を真っ赤にして慌ててお辞儀をした。
「え? あ、ご、ごめんなさい! 私、全然気づかなくて!」
「いや、いいよいいよ。いいもの見せてもらったから」
岡本はこちらの反応を楽しむように俺の方を見た。このままだとなんか癪に障るので、自分の時とは大違いだな、と軽くツッコんでおいた。
夏生はというと、どうすればいいのかわからないらしく、あたふたとしていた。それはどちらかというと、吸収しているところを見られたというより、単に全く知らない人がいきなり目の前にいて戸惑っている、といった感じだった。ふう、と息をひとつ吐き、俺は助け船を出すことにする。
「夏生、こいつは俺の幼馴染の岡本佳」
「よろしく」
岡本はスッと立ち上がると、右手を差し出した。
「あ、えと、雪村夏生、です。こちらこそよろしくお願いします」
わたわたしながらその右手をとる夏生の様子に、俺は思わず吹いてしまった。
「な、何がおかしいの!」
「いんや、べつに」
俺はひらひらと手を振り、夏生の反論を受け流した。
まだ慣れていないのか、夏生の自己紹介は妙におどおどしていた。といっても、ここ最近の看護師さんへの自己紹介でだいぶ上達してはいるのだが。
ちなみに、夏生は自分の名字を「雪村」と名乗っていた。初めてこの名字を聞いたのはこの前、再び俺の母親と会った時だった。夏生が突然、「雪村夏生です」と言ったのには驚いた。後で名字のわけを聞くと、何やら少し考えてから「んー雪女だから?」と軽い調子で答えていて、俺は思わず呆けてしまった。なんで名字の方はそんな軽いんだ、とツッコもうと思ったがやめておいた。どうせまた笑顔で脅迫されるに決まっている。
そんな夏生の自己紹介も終わり、俺はキャンプの話へと話題を戻す。
「でさ、キャンプなんだけど……」
「雪村さんも、だろ? わかってるよ。ったく、俺にだけ恥ずかしい思いさせやがって」
「わりぃな」
拗ねたそぶりを見せる岡本に、俺は片手をあげて謝った。そして、俺たちはなんだかおかしくなって、二人して笑った。
隣でひとり、クエスチョンマークが頭の上に百個くらい浮かんでいるような顔で、夏生が俺たちのことを見ていた。
「は?」
「いやだから、彼女を……」
「待て待て、聞こえてるって。でも、突然どうした?」
同じ言葉を繰り返そうとする岡本を手で制し、その理由を聞いた。当たり前だが、学校に行っていない俺はその彼女とやらとは面識がないし、なにより相当気まずい。彼女の方も、痛熱病を患った休学生などと会っても困るだけだろう。デメリットしか見えてこないこの提案にどんな思惑があるんだと思いつつ、俺は岡本の返事を待った。
岡本は目を右往左往させていたが、やがて意を決したように俺を真っ直ぐ見据えた。
「霜谷にさ、紹介したくて」
「はい?」
「いやだから、霜谷に……」
「そのくだりはいいから続けろ」
なんだかループしそうな問答を押しとどめて、先を促す。
「俺さ、こんなに真剣に人を好きになったこと、今までなかったから。だから、幼馴染の霜谷には彼女のこと、知っててもらいたくて、その……」
「お前は内気の草食系男子か」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら話し続ける岡本に、ツッコミを入れた。
やっぱこいつ変わったかも、とさっきの岡本評価を訂正する。
「とにかくっ! 頼む!」
「あぁわかった、わかったよ。しょうがねえな」
俺はもうこれ以上岡本の惚気を聞くのが面倒くさくなったので、了解することにした。岡本は本当に嬉しかったのか、横で何度もお礼を言っている。
でもこれで、俺も夏生のことを言いやすくなったな。
俺はそんなことを考えながら、夏生のことを話そうとした時だった。
「佳生! おはよう!」
病室のドアが勢いよくガラッと開き、ここ最近一番聞いている声の主が入ってきた。
「夏生か。おはよう」
といってももう昼なんだがな、と思いつつ返事をした。
夏生はあの天の川観察の夜以来、ほぼ毎日病室に顔を出していた。なんでも俺が来るのが遅いとかで、自分から来るようになったのだ。
「早速、いい?」
「え、ちょっと待て、今は……」
俺が止めるより早く、夏生は岡本の横をすり抜けてベッドのそばまで来ると、俺の右手を自分の両手で握った。外からの日光でほとんどわからないが、ぼんやりと夏生の身体が青く光りだす。
実はこの時の夏生は、以前言っていた自分の力で人間になっていた。しかし、その持続時間は微々たるもので、なるべく早く俺から耐性をもらわないといけないらしいのだが、なにぶんタイミングが悪かった。おそるおそる横を見ると、呆然とした様子で岡本がこちらを眺めていた。
俺は半分無駄と知りつつも、とりあえず弁解を試みる。
「いや、あのな、岡本。これは……」
「わかってる霜谷。何も言うな」
「いや、絶対わかってないって」
呆然から一転、したり顔でこっちを見てくる岡本に、俺はささやかに抵抗した。だが、この構図を見てから反論しても、もはやなんの効果もないことは明白だった。
夏生ももうちょっと空気読んでくれよ。
隣で懸命に耐性をもらっている彼女に、心の中で抗議する。
唯一の救いとしては、岡本が夏生の身体の光に気づいていないことだった。こればっかりは説明のしようもないので、特に疑う素振りも見せない岡本の様子に、俺はほっと胸をなでおろした。
そうこうしているうちに耐性の吸収が終わったらしく、夏生は手を離した。
「よしっ。これで今日も頑張れそう!」
「それは良かったんだけど、ほら……」
俺は視線だけを夏生から岡本の方へと移した。すると、今初めて岡本の存在に気づいたかのように、夏生は顔を真っ赤にして慌ててお辞儀をした。
「え? あ、ご、ごめんなさい! 私、全然気づかなくて!」
「いや、いいよいいよ。いいもの見せてもらったから」
岡本はこちらの反応を楽しむように俺の方を見た。このままだとなんか癪に障るので、自分の時とは大違いだな、と軽くツッコんでおいた。
夏生はというと、どうすればいいのかわからないらしく、あたふたとしていた。それはどちらかというと、吸収しているところを見られたというより、単に全く知らない人がいきなり目の前にいて戸惑っている、といった感じだった。ふう、と息をひとつ吐き、俺は助け船を出すことにする。
「夏生、こいつは俺の幼馴染の岡本佳」
「よろしく」
岡本はスッと立ち上がると、右手を差し出した。
「あ、えと、雪村夏生、です。こちらこそよろしくお願いします」
わたわたしながらその右手をとる夏生の様子に、俺は思わず吹いてしまった。
「な、何がおかしいの!」
「いんや、べつに」
俺はひらひらと手を振り、夏生の反論を受け流した。
まだ慣れていないのか、夏生の自己紹介は妙におどおどしていた。といっても、ここ最近の看護師さんへの自己紹介でだいぶ上達してはいるのだが。
ちなみに、夏生は自分の名字を「雪村」と名乗っていた。初めてこの名字を聞いたのはこの前、再び俺の母親と会った時だった。夏生が突然、「雪村夏生です」と言ったのには驚いた。後で名字のわけを聞くと、何やら少し考えてから「んー雪女だから?」と軽い調子で答えていて、俺は思わず呆けてしまった。なんで名字の方はそんな軽いんだ、とツッコもうと思ったがやめておいた。どうせまた笑顔で脅迫されるに決まっている。
そんな夏生の自己紹介も終わり、俺はキャンプの話へと話題を戻す。
「でさ、キャンプなんだけど……」
「雪村さんも、だろ? わかってるよ。ったく、俺にだけ恥ずかしい思いさせやがって」
「わりぃな」
拗ねたそぶりを見せる岡本に、俺は片手をあげて謝った。そして、俺たちはなんだかおかしくなって、二人して笑った。
隣でひとり、クエスチョンマークが頭の上に百個くらい浮かんでいるような顔で、夏生が俺たちのことを見ていた。