契約を交わして以来、俺たちはほぼ毎日、一緒に裏庭で話したり病院の周りを散歩したりしていた。本当はあちこち行ければいいのだが、今年の春になってからというもの、俺の病状が思わしくないようで、度重なる検査や問診でなかなか遠出できないでいた。
「あーあ、せっかく暑い中走り回れるようになったのになあ」
彼女は大きく伸びをしてから、暇そうにベンチにもたれかかった。
「仕方ないだろ。ほんとはベッドだってそんな離れちゃいけないんだし」
俺は、買ってきたペットボトルのお茶を飲みながらそう言った。
俺も本当は彼女にいろんな夏の楽しみを教えてあげたい。しかし、なにぶん病院とは退屈なわりに監視は厳しく、どうにも行動に移せないでいた。
一度、俺に気にせず遠くへ遊びに行ってきたらどうだと勧めたことがあった。でも彼女が言うには、熱への耐性は六~七時間ほどしかもたないらしい。さらに土地に不慣れなことも相まって、俺がいなければ無理とのことだった。
「お互い不自由な身の上だよね」
苦笑いを浮かべながら彼女は言った。
全くだ、と思った。暇なのにやりたいことができないとはどんな拷問だ。
「そういえば、真夏にいったい何をやってみたいんだ?」
俺は何気なく聞いてみた。真夏の空の下で生きてみたいとは聞いたが、具体的にこれがしたいとはまだ一度も聞いていない気がする。
「あれ? まだ言ってないっけ?」
「おまえ、そういうの多いな」
ひまわり畑でのことといい、伝え忘れ多すぎだろと思った。おまえは物忘れの激しいおばあか、とツッコみたくなったが、言わないでおいた。どうせ、またなんか物騒な言葉が飛び出してくるに決まっている。
「うーんとね、海水浴とか!」
少し考え込んでいた彼女が、思いついたように言った。
「あーいいね! あの青々とした海で俺も久々に泳ぎたいわー」
最後に行ったのは中学生の時だったかな、と思い出にしばし浸る。
「あとは山でキャンプ」
「確かに、冬にしたらおまえに会いそうだしな」
「凍らされたい?」
「……続きをどうぞ」
失言してしまった。
どうも俺はこいつを怒らせる天才らしい、と思った。初めて会ってからまだ一週間も経っていないが、もう何度もこの言葉を聞いた気がする。
「キャンプをしたら、夜にはやっぱり肝試しだよね!」
「絶対狙って言ってるだろ? そうだろ⁉」
「ほんとにしてみたいことなんだけどなー」
彼女は含みをもった笑みを浮かべてそう言った。
この女は思ったよりも意地が悪いのかもしれない、と思った。