そう言って、梨塚さんは沖田くんのお兄さんを睨む。「うす」という返事に、「弟妹炊飯器で焼き殺しても、高校生入り口に待たせて轢いても遅いんだからな、いいかお前は……」と、怒り始めた。しかしすぐに私たちを見てハッとして、「ああ、悪い。歳のせいか、細かいことが気になっちまってなぁ……」と、頭をかいている。
「俺も四つ切の生徒だったし、天津ヶ丘高校の文化祭は、成功してもらいたいからなぁ」
四つ切の生徒――? 昔の言葉かなにかだろうか。気になっていると、沖田くんが「四つ切?」と首を傾げた。
「? 四つ切が名前変えて改修したのが天津ヶ丘だろ? 知らないのか?」
梨塚さんの言葉に、私たちは顔を見合わせた。改築したことは知っていたけど、名前まで変えたことは知らなかった。そんな私たちの反応を見て、梨塚さんは「昔は結構荒れてたんだよ。今は見るかげもないけどなぁ」と笑う。
昔は、結構荒れていたなんて知らなかった。梨塚さんはだいたい六十代くらいに見えるから、梨塚さんが学生時代の話なのかも知れない。となると、今から五十年くらい前だろうか。天津ヶ丘高校は、偏差値は普通より少し上だったと思う。真木くんが一年生の頃、オール赤点を取ったとき、騒然としたくらいだ。先生たちは「退学だ!」と怒るというより、なぜ彼が入学してきたのか驚いていた。
「でも、すごい綺麗な校舎になって偏差値も今じゃ天と地の差って聞くからな……ああ、悪い。文化祭で大変だったんだよな。これ、余った布だ。ぎりぎり売りもんにできそうなのも特別に入れておいた。使ってくれ」
「はい! ありがとうございます!」
お礼を言って、私は箱を受け取ろうとする。けれどさっと沖田くんのお兄さんが箱をとった。
「一時間だけ、抜けさせて貰ったから……車で学校まで運ぶ」
そう言って、気まずそうに視線をそらされた。沖田くんに振り返ると、「わりい、ああ見えてめちゃくちゃ人見知りだから」と、手を合わせる。お兄さんは「ころすぞ」と弟を睨み、社長さんに「家族に殺すなんて言うんじゃない!」と、頭を叩かれていた。
「え」
真木くんに視線を向けると、彼は食い入るように逆方向――全く関係ない工場沿いの通りに視線を向けている。でも、まるでその瞳に強い意志があるような気がして、私は胸騒ぎを覚えながら工場を後にしたのだった。