「覚えてるよ」
「じゃあ言って……」
「えっと、チェシャ猫のコスプレの話だよね」
「ぶー」
真木くんは、「大不正解だぁ……と、私にぶつかってきた。かと思えば、「めーちゃん、俺の話なんてどうでもいいんだ……」と、俯いてしまう。
「文化祭、やになってきちゃったな……」
「真木くん!? ごめんね? えっと、どんな話してたんだっけ……」
「それはね……」
真木くんが何か言葉を紡いでいる間に、重たい荷物を運ぶ台車のガラガラガラ! と力の籠った音が響いた。音のする方へ吸い寄せられるように注目すれば、だいちゃん先生が美術のデッサンモチーフを荷台に積んで台車を押しているようで、お酒の瓶や、バケツ、ティーセット、硝子の板、縄やぬいぐるみなども積まれている。
「先生……?」
「おー! 園村に真木! お前らいっつも一緒だなぁ! ははは!」
先生は笑いながら台車を押しているけれど、どう見ても笑える状況じゃなかった。積荷は沢山の雑貨が積まれていることでバランスが悪く、荷台から瓶やぬいぐるみが零れ落ちそうになっている。
「先生! 私も運びますよ!」
私が落ちそうになっている瓶や鍵盤ハーモニカの管を手に取ろうとすると、目の前をすっと真木くんが横切った。彼は「俺もお手伝いします……」と、瓶や縄、バケツに……持たなくても良さそうなビニール袋まで手にしている。
「助かる! でも、真木が瓶持ってると不安になるな……」
いつも元気なだいちゃん先生が顔をひきつらせている。私も不安だ。先生が運んでいるものを、きっと彼は割ってしまう。ひやひやしながら「持とうか?」と問いかけると、「や」と短く拒否されてしまった。私はひとまず運ぶのに邪魔になっていそうな折りたたみ椅子を手に取る。
「先生、これ、一体何に使うんですか?」
「デッサンの授業のモチーフに使うんだよ」
「ビニール袋もですか?」
「ああ。こういうのは周りの光を反射したり色を受けたりするだろ。透明なものだから、描きごたえのあるモチーフだし……」
美術室に向かって、私は真木くんと先生と歩いていく。真木くんは瓶をぎゅっと握っていて、滑り落とす心配はなさそう……にも思えるけど、机とか床とかに置き終わるまで油断はできない。でもじっと見て彼を緊張させたり、注意を逸らしてしまってもよくないと、私は窓に視線を移した。
いつの間にか、真っ赤に染まった紅葉たちは、その縁を陽で焦がして丸めている。校庭には文化祭で使う用具が出され始めていて、雨が降っても大丈夫なよう、テントもいくつか出されていた。次の授業、体育を受けるらしいジャージ姿の生徒たちは、サッカーボールで遊んでいる。風のようにグランドを切って走っている姿は、真木くんが誘拐されていなかったら今頃あんな風にーーのもしかしての可能性を見ているみたいで、目が眩みそうになった。
「ふー、こんなもんかぁ。ありがとな! 園村! 真木!」
美術室に入って、先生が荷物をどさりと机に置きながら振り返った。昼間の柔らかな日差しの差し込む美術室は、独特の臭いもあって異世界を訪れたように感じる。真木くんは「どーぞ」と先生に瓶や縄を手渡すと、大きく伸びをした。ぼき、ばき、ぐき……と明らかに身体から出ちゃいけない音が響いて、不安になる。