「初めまして、神宮寺刹那(せつな)です。このたびは新規プロジェクトに参加するため、みなさんと一緒に仕事をさせていただくことになりました。僕は鬼山課長の後輩にあたります。よろしくお願いします」
 甘く掠れた声で述べられた挨拶に、女性たちから歓声があがる。
 亜麻色の髪にヘーゼルの瞳という柔らかな色合いが、眦の切れ上がった精悍な美貌を中和させていた。髪と同色の亜麻色のスーツに包まれた体躯は肩幅が広く強靱そうな胸なのに、腰は引きしまっており、足がすらりと長い。漆黒のスーツに黒髪の柊夜さんと並ぶと、まるで対のよう。
 似ているようで、柊夜さんとはどこか違うタイプのイケメンである。
 貴公子然とした神宮寺さんが在籍することになったので、女性たちはそわそわしていたのだ。社内随一のイケメンと謳われた柊夜さんは既婚者になってしまったことだし、注目を浴びるのはもっともである。新たな獲物の到来に彼女たちの期待は熱気となって、フロアを包み込んでいた。
 さっそく本田さんが優雅に手を挙げて、切り込み隊長らしき発言をした。
「神宮寺さんは独身なんですか?」
 待ってましたとばかりに、女性陣は目を輝かせる。
 神宮寺さんの見た目から推察される年齢は二十代後半と思われるが、彼は左手の薬指に指輪をしていない。
 私と柊夜さんも結婚指輪をしていないけどね。なにしろ、柊夜さんからもらっていないのである。くださいと要求したら『百万回の“愛している”をくれ』と返されては困るので、もういいやと諦めていた。
 そんな夫婦もいるので、指輪の有無だけで既婚者かどうかは一概に判断できない。
 神宮寺さんは端麗な顔に、にこやかな笑みを浮かべた。本田さんの質問に慣れているのか、さらりと返答する。
「僕は独身です。恋人もいません」
 満点の答えが返ってきたため、室内は華やかな歓声に満たされた。
 対して男性社員たちは、しらけたように嘆息している。すごい温度差だ。
 そのとき、盛り上がる女性たちの隙間から身を乗りだしたひとりの男性が、歓声を薙ぐように苦言を呈した。
「ちょっといいですか? 神宮寺さんのその髪の色は、社会人として常軌から逸していると思うんですけど」
 声をあげたのは玉木さんだ。
 彼も二十代の独身男性なので、神宮寺さんと条件は同じはずなのだが、体格が華奢で猫背のためか女性からの人気はない。趣味はゲームだと聞いたことがある。
 玉木さんの指摘にも嫌な顔ひとつせず、神宮寺さんは微笑んだ。
「この髪は染めているわけではなく、地毛なんです。子どもの頃は髪の色がおかしいと言われて、黒に染めていましたけどね。自分らしくていいのかなと、最近は地毛のままにしています」
 その発言に既視感を覚えた私は目を瞬かせた。
 柊夜さんも子どもの頃、『赤い目がおかしい』と言われたことがショックで友達を作らなかったと話していたことを思いだす。それと似通った話だ。
 亜麻色の髪が地毛であると聞いた女性たちは、口々に玉木さんに文句を放つ。
「玉木さん、ひどいんじゃないですか? 髪の色で差別するべきじゃないでしょう」
「そうよ。個性を認めるべきでしょ。まさか黒に染めてこいだなんて言うつもりじゃないでしょうね」
 攻撃された玉木さんは猫背をいっそう丸めて、ぼそぼそとつぶやいた。
「ぼくは髪を染めていると思ったので……地毛だとは思いませんでしたから……すみませんでした。でもぉ、イケメンだからってみなさんが肩を持つのはどうなんですか」
 最後は消え入りそうな声だったが、余計な付け足しにより、ぎろりと女性たちからにらまれる。気の毒な玉木さんは素早い後ろ歩きで、シャッと後方へ下がった。
「髪のことはよく言われますが、僕は気にしませんので。人とは違うものを持っている悩みなどは、誰にでもあるのではないでしょうか。ねえ、鬼山課長?」
 挑発するような神宮寺さんの台詞に、私はどきりとする。
 まるで、柊夜さんが夜叉の鬼神だということを指しているかのように聞こえた。彼は柊夜さんの後輩だそうだが、いったい何者なのか。
「そうかもしれない。――では、朝礼を終わります。みなさん、業務に入ってください。玉木さん、神宮寺さんに部署のことを教えてあげるように」
 さらりとかわした柊夜さんは、神宮寺さんのペアとして玉木さんを指名した。
 後方から玉木さんの嘆きの声が響いてくる。
 適切な人選かもしれない。女性を指名したら、嫉妬の渦が巻き起きることは必至と思われるからだ。
 またしても女性陣からにらまれた玉木さんは可哀想に、泣いていた。



 休憩時間になり、ひと息ついた私は自動販売機のとなりにある椅子に腰を下ろした。
 悠はどうしてるかな……。
 我が子の顔が脳裏をよぎったけれど、ガコンと缶コーヒーが落下する音に意識を引き戻される。
「どうぞ、星野さん。コーヒーでよかったかな?」
「ありがとう、神宮寺さん。ごちそうになります」
 神宮寺さんから差しだされた缶コーヒーを受け取り、礼を述べる。