おずおずと私の傍に降り立ったマダラを、柊夜さんは見定めるかのように双眸を細めて見た。
「いいだろう。紋は外してやろう」
 柊夜さんが手をかざすと、ふっと青白い印は消滅した。
 安心したマダラは斑模様の羽を広げる。
「ありがとうございました。仲間たちが囚われている部屋はわかっています」
 マダラの仲間たちも救うため、羅刹と対決するときが迫っているようだ。
 城内へ続く水路の門はすでに開いていた。
 舟は松明が灯る城内を、ゆっくりと進んでいく。
 私は気になっていたことをマダラに訊ねた。
「ねえ、マダラ。子どもとヤシャネコたちが洞窟に入っていったという話は、嘘だったのよね?」
 なにを言われたのかわからないといったふうに、マダラはきょとんとして目を瞬かせる。
「えっ? ええと……」
「嘘でもいいのよ。ただ私は、子どもたちが無事なのを知りたいだけなの。彼らはこの城に閉じ込められているの?」
 なぜかマダラは、うろたえている。
 悠たちになにかあったのだろうか。狼狽するマダラの態度で、不安が煽られた。
「わ、わたしは……答えられません。難しくて……」
 マダラはひどく悩んでいる。柊夜さんが、頭を抱えているマダラに言った。
「答えなくていい。マダラ、夜叉の側につけ」
「で、でも……羅刹さまが……」
「おまえの仲間を助けてやろう。囚われている者たちを解放したら、おまえは自由だ」
“自由”という言葉の意味を掴みかねるように、マダラは戸惑いを浮かべている。
 彼らは力の強い者に振り回されるのが常なので、自由を失ってしまっているのかもしれない。
 けれど、マダラは頷いてくれた。
「わかりました。わたしはどうすればいいのでしょう?」
「羅刹のもとへ案内してくれ。やつがすべてを仕組んだことはわかっている。あいつと決着をつける」
 柊夜さんは、羅刹と戦うつもりなのだ。
 彼の真紅の双眸が妖しく光っている。
 ぶるぶると身を震わせたマダラは小さな声で了承した。
 ややあって、舟は城内の船着き場に到着する。
 コマは舳先から、私の肩へと飛び移った。「ピッ」と鳴き、石段の上をくちばしで指し示す。コマには悠の居所がわかっているのかもしれない。
「あかり。手を」
 そう言いながら柊夜さんはすでに私の手をすくい上げている。
 柊夜さんの場合は、“手を差しだせ”ではなく、“手をつなぐぞ”の略のようだ。そんな強引なところも好きだけれど、私に選択権は与えられていないのがささやかな不満である。
 手をつないで、無事に舟から降ろされた。
 が、旦那さまの過保護はとまらない。
「腹は痛まないか?」
「大丈夫です。異変があったら、すぐに報告します」
「了解した」
 もともと職場の上司と部下なので、こういうところは未だに仕事のやり取りのようである。
「こちらです、夜叉さま」
 マダラの先導で階段を上ると、そこは城内の細い通路だった。鬼神の城はどれも似たような外観だが、間取りは様々のようだ。
 迷路のように入り組んでいる廊下を進んでいく。
 狭いので大人ふたりは横に並べない。飛んでいくマダラを私が追い、その背後を柊夜さんが守るようにしてついてきていた。
 だが、三回右に折れたとき、ふと首を捻る。
「この道は、さっき通りませんでしたか?」
「同じ道だな。どういうことだ、マダラ」
 マダラは来た道を引き返してきた。困ったように、うろうろと飛び回っている。
「ええと……確か、こちらですね」
 私たちを飛び越したマダラは、角を曲がった。マダラのあとを柊夜さんが続く。
 私も足を踏みだそうとしたそのとき、ガサリとした物音に気を取られた。
 ふと足元に目を向ける。そこには漆黒に塗られた小さなぬいぐるみが佇んでいた。
 動物と思しきぬいぐるみには生気がなく、ガサガサと不穏な音を響かせている。
「えっ……ヤミガミ?」
 驚いた声をあげると、ヤミガミは一目散に逃げだす。
 柊夜さんを恐れたのだろうか。ヤミガミは廊下の向こうに消えていった。
 ところが顔を上げると、そこから柊夜さんの気配すら消えていた。
 慌てて角を曲がるが、廊下には誰もいない。つい数秒前まで一緒だったはずなのに。
「柊夜さん、どこにいるんですか⁉」
 遠くから、「あかり!」と呼ぶ彼の声が届く。
 ほっとして、さらに廊下の奥へ進み、角を曲がった。
 けれど、彼の姿はない。マダラも柊夜さんと一緒にいるらしく、羽音がしなかった。
「柊夜さーん!」