「偶然か……。果たして偶然だったのか疑問だ。母が落としたお守りから珠がこぼれるのを、舟の傍に立っていた俺は見た。その直後に落雷が落ちたんだ」
「お守りを持っていないかと訊ねたのは、そういうわけだったんですね。そのお守りは、誰かからのもらいものでしょうか?」
「わからない。真実を確かめたい気持ちはあるが、死んだ者が生き返るわけではないからな」
柊夜さんは諦めたように首を横に振る。
もしかして、そのお守りに入っていた珠に雷が落ちたということだろうか。柊夜さんも珠が原因ではないかと疑っているからこそ、私にお守りを捨てさせようと必死に迫ったのだ。
ふと、不審な点に気がついた私は、ごくりと唾を呑み込む。
もはや柊夜さんも、薄々察しているのかもしれない。
洞窟の内部なのに、どうして天から雷が落ちてくるというのだろう。
もしお母さんが本当に先ほどの洞窟で命を落としたのだとしたら、偶然に落雷があったのは不自然だ。それにお母さんは、なにから逃げようとしていたのだろう。
彼女は人間だったという。やはり夜叉の子を産んだことから、悲劇的な結末に至ってしまったのだろうか。
私も同じ運命を辿るのかもしれないという恐れが走る。撥ねた水滴を受けた私の体が、ぶるりと震えた。
柊夜さんはそんな私を、まっすぐに見据えた。
「母親を救えなかった分まで、俺の家族を必ず守る」
そう言い切った彼の言葉に、ほろりと胸のこわばりが溶けていった。
悠は、きっと見つけだせる。そしてまた家族みんなで平穏に暮らせる。
確信を持って、「はい」と私は答えた。
そのとき、くちばしを上げたコマが「ピッ」と鳴いた。
舟の行く先を見上げると、ふわりと空を舞っている風天と雷地の姿を発見する。
「風天、雷地。来てくれたか」
柊夜さんの呼びかけに、ふたりはまるで羽毛のような軽やかさで舟の縁に降り立った。
「夜叉さまの危機を察知したわたくしども、馳せ参じました」
「悠さまの神気は、とある城から発せられております。わたしどもがご案内いたしましょう」
風天が袂をひるがえすと、舟の舳先が方向を変えた。雷地が腕を振り上げると、速度を増して進んでいく。
疾風のごとく駆けていく舟は、やがて石壁のそびえる水路へ突入した。
眼前には、あやかしたちの住む城下町が広がる。
「町だわ。それに、鬼神の城も見える……!」
遙か前方には鬼神の居城がそびえている。
夜叉の城ではなく、今までに見たことのないものだった。
柊夜さんは絞りだすように言葉を放つ。
「あれは、羅刹の城だ」
「まさか、悠たちはあそこに……?」
風天と雷地は、ふたり同時に口を開いた。
「さようにございます」
ゆっくりと速度を落とした舟が、城下町の運河沿いに航行する。羅刹の城は目前だ。
「おまえたち、ご苦労だった。そろそろ刻限が近づいているだろう。夜叉の城に戻っていいぞ」
柊夜さんがそう告げると、なぜかふたりが、ぶるりと身を震わせた。
「かしこまりました。では、ご武運を」
「かしこまりました。城の警護はお任せあれ」
慇懃な礼をしたふたりは、俊敏に飛び上がった。
風天の纏っている天女のような羽衣が、ふわりと舞う。
上空を飛行したふたりはぴたりと並び、まっすぐに飛び去っていった。
「ふたりは急いでいるようですけど、どうしたんですか?」
「風天と雷地は石像として城に紐付けられているから、長く夜叉の城を離れることができない。だが、ふたりのおかげで目的地へ到達することができたようだ」
石像とは思えない軽やかさで空も飛べるふたりだが、そのため制約が多いらしい。
ともあれ、助けに来てくれたおかげで羅刹の城の間近までやって来ることができた。
壮麗な天守閣を見上げたとき、そこから一羽の鳥が羽ばたく。
黒い羽に白い斑点がある。あれはマダラだ。
唐突に、駅の構内で羅刹がコウモリを捕まえた光景が脳裏を巡る。
玉木さんにヤミガミが取り憑いたときのことだ。もし、あのときのコウモリがマダラで、紋を刻んでいたのだとしたら……。
「ピピッ」とコマが鋭い鳴き声をあげる。
マダラは私たちの傍まで飛来してきた。
「や、夜叉さま! どうか、わたしたちを助けてください」
「なんだ、マダラ。俺たちを洞窟に閉じ込めておいて今度は助けを乞うとは、随分な図々しさだな」
「それは、そのう……お、お許しください。わたしは仲間たちを人質に捕られて、脅されているのです。ほら、背中に紋を刻まれているでしょう? 羅刹さまの命令通りにしたのに外してもらえないし、仲間も解放されません……」
弱々しく窮状を訴えるマダラは背中を見せた。やはり五芒星の印が刻まれている。これがあると強制的に眷属にされてしまい、鬼神の命令に従わなくてはならないのだろう。
マダラを利用して私たちを洞窟に閉じ込めたのは、羅刹なのだ。もしかすると、悠たちをさらったのも彼の仕業なのだろうか。
「柊夜さん、助けてあげましょう。マダラは利用されただけですから」
「お守りを持っていないかと訊ねたのは、そういうわけだったんですね。そのお守りは、誰かからのもらいものでしょうか?」
「わからない。真実を確かめたい気持ちはあるが、死んだ者が生き返るわけではないからな」
柊夜さんは諦めたように首を横に振る。
もしかして、そのお守りに入っていた珠に雷が落ちたということだろうか。柊夜さんも珠が原因ではないかと疑っているからこそ、私にお守りを捨てさせようと必死に迫ったのだ。
ふと、不審な点に気がついた私は、ごくりと唾を呑み込む。
もはや柊夜さんも、薄々察しているのかもしれない。
洞窟の内部なのに、どうして天から雷が落ちてくるというのだろう。
もしお母さんが本当に先ほどの洞窟で命を落としたのだとしたら、偶然に落雷があったのは不自然だ。それにお母さんは、なにから逃げようとしていたのだろう。
彼女は人間だったという。やはり夜叉の子を産んだことから、悲劇的な結末に至ってしまったのだろうか。
私も同じ運命を辿るのかもしれないという恐れが走る。撥ねた水滴を受けた私の体が、ぶるりと震えた。
柊夜さんはそんな私を、まっすぐに見据えた。
「母親を救えなかった分まで、俺の家族を必ず守る」
そう言い切った彼の言葉に、ほろりと胸のこわばりが溶けていった。
悠は、きっと見つけだせる。そしてまた家族みんなで平穏に暮らせる。
確信を持って、「はい」と私は答えた。
そのとき、くちばしを上げたコマが「ピッ」と鳴いた。
舟の行く先を見上げると、ふわりと空を舞っている風天と雷地の姿を発見する。
「風天、雷地。来てくれたか」
柊夜さんの呼びかけに、ふたりはまるで羽毛のような軽やかさで舟の縁に降り立った。
「夜叉さまの危機を察知したわたくしども、馳せ参じました」
「悠さまの神気は、とある城から発せられております。わたしどもがご案内いたしましょう」
風天が袂をひるがえすと、舟の舳先が方向を変えた。雷地が腕を振り上げると、速度を増して進んでいく。
疾風のごとく駆けていく舟は、やがて石壁のそびえる水路へ突入した。
眼前には、あやかしたちの住む城下町が広がる。
「町だわ。それに、鬼神の城も見える……!」
遙か前方には鬼神の居城がそびえている。
夜叉の城ではなく、今までに見たことのないものだった。
柊夜さんは絞りだすように言葉を放つ。
「あれは、羅刹の城だ」
「まさか、悠たちはあそこに……?」
風天と雷地は、ふたり同時に口を開いた。
「さようにございます」
ゆっくりと速度を落とした舟が、城下町の運河沿いに航行する。羅刹の城は目前だ。
「おまえたち、ご苦労だった。そろそろ刻限が近づいているだろう。夜叉の城に戻っていいぞ」
柊夜さんがそう告げると、なぜかふたりが、ぶるりと身を震わせた。
「かしこまりました。では、ご武運を」
「かしこまりました。城の警護はお任せあれ」
慇懃な礼をしたふたりは、俊敏に飛び上がった。
風天の纏っている天女のような羽衣が、ふわりと舞う。
上空を飛行したふたりはぴたりと並び、まっすぐに飛び去っていった。
「ふたりは急いでいるようですけど、どうしたんですか?」
「風天と雷地は石像として城に紐付けられているから、長く夜叉の城を離れることができない。だが、ふたりのおかげで目的地へ到達することができたようだ」
石像とは思えない軽やかさで空も飛べるふたりだが、そのため制約が多いらしい。
ともあれ、助けに来てくれたおかげで羅刹の城の間近までやって来ることができた。
壮麗な天守閣を見上げたとき、そこから一羽の鳥が羽ばたく。
黒い羽に白い斑点がある。あれはマダラだ。
唐突に、駅の構内で羅刹がコウモリを捕まえた光景が脳裏を巡る。
玉木さんにヤミガミが取り憑いたときのことだ。もし、あのときのコウモリがマダラで、紋を刻んでいたのだとしたら……。
「ピピッ」とコマが鋭い鳴き声をあげる。
マダラは私たちの傍まで飛来してきた。
「や、夜叉さま! どうか、わたしたちを助けてください」
「なんだ、マダラ。俺たちを洞窟に閉じ込めておいて今度は助けを乞うとは、随分な図々しさだな」
「それは、そのう……お、お許しください。わたしは仲間たちを人質に捕られて、脅されているのです。ほら、背中に紋を刻まれているでしょう? 羅刹さまの命令通りにしたのに外してもらえないし、仲間も解放されません……」
弱々しく窮状を訴えるマダラは背中を見せた。やはり五芒星の印が刻まれている。これがあると強制的に眷属にされてしまい、鬼神の命令に従わなくてはならないのだろう。
マダラを利用して私たちを洞窟に閉じ込めたのは、羅刹なのだ。もしかすると、悠たちをさらったのも彼の仕業なのだろうか。
「柊夜さん、助けてあげましょう。マダラは利用されただけですから」