残された足跡を辿っていくと、途中で引き返そうとしたのか、乱れている箇所もある。
 悠か、もしくはヤシャネコが不審なものを感じたのだろうが、引き返したところで闇の路で迷ったら危険だ。彼らの置かれた状況を考えると、帰りたくなっても子犬についていくしかないだろう。
 ふと、私は足跡に疑問を覚えた。
 いつの間にか、大きな獣の足跡が混じっている。
 ヤシャネコと子犬は同じくらいの大きさなので、ふたりの足跡は見分けがつかないが、これは明らかに猛獣ほどのサイズだ。肉球の型なので、肉食獣と思われる。何者かが途中から合流したのだろうか。
「出口だ。明かりを目にしても、俺の腕を離さないように。もっとも俺が離さないが」
「柊夜さんは私の意見を聞く余地があるんですか。もちろん離しませんので安心してくださいね」
 似たもの夫婦のようになってきたと感じながら応酬を交わしていると、ふいに眩い明かりが射し込んだ。
 ぎゅっと目をつむり、掴まっていた柊夜さんの腕に身を寄せる。
 おそるおそる瞼を開けると、そこは鬱蒼とした森の中だった。闇の路を抜けたのだ。
「ここは……神世ですか?」
 木々が折り重なる森は薄暗く、どこか陰湿な空気が流れている。
 鬼神の居城やその周辺の街しか知らなかったので、このような場所は初めて訪れた。
「そうだ。街から離れている土地は山や深い森などの自然がある。危険なあやかしも多いから俺の傍を離れないように」
「わかりましたってば」
 辺りは静まり返っていた。悠たちもここに出たのだろうと思うが、姿は見えない。闇の路を辿ってきた足跡も消えていた。
「悠たちはどこに行ったんでしょう」
「俺に心当たりがあるが……」
 柊夜さんがつぶやいたとき、木々の隙間を縫って羽音が近づいてきた。
 パタパタという小さな音に目を向けると、それは一羽のコウモリだった。
「や、夜叉さま! あ、あの……」
「マダラか。この辺りで小さな子どもとヤシャネコ、それに子犬を見かけなかったか?」
 コウモリは、マダラという名のあやかしらしい。黒い羽に白い水玉模様が混じっている体なので、斑というわけなのだろう。
 マダラは慌てた様子で答えた。
「み、見ました! あちらの洞窟に向かいましたよ。ご案内しましょう」
 羽があって飛べるマダラには、よく見えていたようだ。
 目撃情報があってよかった。
 ほっとした私と柊夜さんはマダラのあとについて森を抜ける。
 すると、切り立った崖が広がる一帯に出た。
 崖の一角に、洞穴が空いている。あそこが悠たちが向かったという洞窟らしい。
 雨をしのぐための小さなものではなく、かなりの広さだ。まるで鉱山の入り口のような様相の洞窟は、奥へ続いている。なぜこんなところへ入っていったのだろう。
「ここに入っていったのか?」
「え、ええ、そうです。夜叉さまが見てきてください」
 指示された柊夜さんは、ふとマダラを見上げた。
 マダラは私たちの上空を羽ばたきながら、早口で捲し立てる。
「そ、そうだ。花嫁さまはわたしと一緒に城で待っていましょう。そういうことになっています」
 私は首をかしげた。
 悠たちの行方が判明していないのに、なぜ城へ行かなければならないのだろうか。まずは彼らの安否を確認することが先決だ。
「子どもたちが心配だから、私は柊夜さんと一緒に洞窟の中を見てくるわね」
「えっ……でも……」
「マダラは洞窟に入るのが怖いのかしら?」
「えっと、はい……怖いのでわたしは行きたくないです……」
「それなら、マダラはここで待っていてちょうだい」
 視線をさまよわせたマダラは黙り込んだ。乾いた羽音が空虚となって耳に届く。
 コウモリなのに洞窟が怖いだなんて不思議だけれど、彼はあやかしだから現世のコウモリとは異なる生態なのかもしれない。
 マダラはなにも言わずに崖の上へ飛翔していった。
 そのとき、マダラの背に青白く刻まれた紋が目に入る。白い水玉模様とは異なるそれは、五芒星のように見えた。
 一瞬のことだったので、見間違いだったかもしれない。奇妙な既視感に首を捻るが、今は悠たちを一刻も早く探さなければいけない。
「行きましょう、柊夜さん」
「ああ……そうだな」
 柊夜さんも訝しげに双眸を細めたが、私は彼と行動をともにするので、ふたりでいれば問題ないはずだ。
 私たちは洞窟の内部へ足を踏み入れた。
 ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。
 だが、わずか数歩ののち、背後で轟音が鳴り響いた。
「えっ⁉」
「あかり、危ない!」