「この子は、うちの子にしましょう。私も世話を手伝いますね」
死ぬはずだった雛が生きられたのは、きっとこの子が生きる運命を持っているから。
たとえ親に愛されなくても、いずれ誰かと愛し合うことができる。私がそうであったように。
特別な力がなくてもいい。
誰かを愛するという、ごく当たり前の優しさを持っていたら、それでいい。
林をあとにした私たちは、帰途に着いた。
「この子の名前を考えてあげないといけませんね」
「あやかしの血を継いでいるから、夜叉のしもべらしい名前にするか。“コマ”はどうだろう」
「どこが夜叉のしもべらしい名前なんでしょう……。コマドリの頭文字を取っただけですよね」
柊夜さんのセンスのなさに笑いがこぼれる。
今日から夜叉のしもべとなった雛はまるで賛成するかのように、「ピ」と鳴いた。
「こいつも、コマでいいと言っている。よい名前だろう。なあ、悠」
「ばぶ」
守るようにコマを抱いてベビーカーに乗っている悠に、私は微笑をこぼす。
雛の名は、コマに決まった。
我が子が、優しい心を持っていてよかった。
心からの安堵を覚え、新たな家族が増えたことに喜びを感じた。
新たな家族――。
私の脳裏をふと、とあることがよぎる。
まだ月経は訪れていない。病院へ行ってみようかと思っては、日常の忙しさに紛れてしまい、後回しになっている。
どうしよう。やはり、はっきりさせたほうがいいのだろうか。
悩んでいると、ベビーカーを押していた柊夜さんがさりげなく声をかけてきた。
「そういえば、あかりにプレゼントしたいものがある」
「え……私のものはいいですよ。服とか靴とか、悠のを買ってあげてください」
独身のときとは異なり、買い物に行っても自分のものより、つい子どもの衣装を購入してしまう。育ち盛りなのですぐにサイズが変わるから、一歳児の服はシーズンが終わったら着られなくなってしまうのだ。
悠は男の子なのでまだキャラクターのトレーナーくらいで済んでいるが、もし女の子だったなら、フリルやレースをふんだんに用いたお姫様のような衣装で着飾らせたかもしれない。
もし、次の子が、女の子だったなら……。
なにも知らない柊夜さんは、ゆったりとした笑みを浮かべた。
「まあ、そのうちという話だ」
「無駄遣いしないでくださいね。すぐに必要なのは、コマの止まり木ですよ。鳥籠を家にしたほうがいいのかしら」
「そうだな。まずは鳥籠を購入しようか」
話しながら住宅街を歩いていると、とあるものが私の目にとまる。
柘植の陰からこちらを見ているのは、灰色の毛をした子犬だった。
鋭い目つきの子犬の眼差しに、なんらかの意図がある気がして、首をかしげる。
だが、私たちが柘植の傍を通りかかると、すっと子犬は隠れた。
夕陽を溶かしたような黄金色の、珍しい瞳の色をした子犬だった。
この家で飼っている犬なのだろう。
視線を移した私は、すぐにその子犬のことを忘れた。
さっそく購入した鳥籠がリビングの隅に置かれることになったけれど、コマはまだ雛なので、しばらくは空き箱で作成した巣箱が家になるようだ。
悠は疲れたのか、ぐっすりと布団で寝入っている。
バンザイしている腕のすぐ傍に、コマは小さな体を丸くして眠っていた。
自ら巣箱から出て、悠のとなりに寝ているのだ。
こんなに小さな生き物なのに、悠が恩人だとわかったのだろうか。今日あったことを思い返すと、切なくなってしまう。
親に見捨てられたコマが寂しい思いをしないよう、悠とともに愛情を持って育てよう。私はそう心に決めた。
ふたりの寝顔を見ていると、柊夜さんが私の後ろから覗き込んできた。
「悠は、命を守ることの尊さを学べたのではないだろうか。“治癒の手”を持つ者にふさわしい経験をしたのではないかと俺は思う」
悠の能力は、“治癒の手”という名称がつけられた。
死にかけた生物すら治癒できるという素晴らしい力だ。
クオーターなので、これまでの鬼神とは違った方向性の能力が顕現したのかもしれない。
我が子がすごい才能を持って生まれたことは喜ばしいのだけれど、親としては不安もともなう。
「……私は柊夜さんみたいに大きなスケールで考えられないです。悠の能力が知れ渡って、悪いことに利用されたらどうしようとか、今から心配ですよ」
「大丈夫だ。俺たちが悠にきちんと向き合っていけば、この能力を正しく使えるだろう。コマを救ったようにな」
私の肩に手を置いた柊夜さんは、優しい声音でそう言ってくれた。
ふと、私は胸に湧いた想いをつぶやく。
死ぬはずだった雛が生きられたのは、きっとこの子が生きる運命を持っているから。
たとえ親に愛されなくても、いずれ誰かと愛し合うことができる。私がそうであったように。
特別な力がなくてもいい。
誰かを愛するという、ごく当たり前の優しさを持っていたら、それでいい。
林をあとにした私たちは、帰途に着いた。
「この子の名前を考えてあげないといけませんね」
「あやかしの血を継いでいるから、夜叉のしもべらしい名前にするか。“コマ”はどうだろう」
「どこが夜叉のしもべらしい名前なんでしょう……。コマドリの頭文字を取っただけですよね」
柊夜さんのセンスのなさに笑いがこぼれる。
今日から夜叉のしもべとなった雛はまるで賛成するかのように、「ピ」と鳴いた。
「こいつも、コマでいいと言っている。よい名前だろう。なあ、悠」
「ばぶ」
守るようにコマを抱いてベビーカーに乗っている悠に、私は微笑をこぼす。
雛の名は、コマに決まった。
我が子が、優しい心を持っていてよかった。
心からの安堵を覚え、新たな家族が増えたことに喜びを感じた。
新たな家族――。
私の脳裏をふと、とあることがよぎる。
まだ月経は訪れていない。病院へ行ってみようかと思っては、日常の忙しさに紛れてしまい、後回しになっている。
どうしよう。やはり、はっきりさせたほうがいいのだろうか。
悩んでいると、ベビーカーを押していた柊夜さんがさりげなく声をかけてきた。
「そういえば、あかりにプレゼントしたいものがある」
「え……私のものはいいですよ。服とか靴とか、悠のを買ってあげてください」
独身のときとは異なり、買い物に行っても自分のものより、つい子どもの衣装を購入してしまう。育ち盛りなのですぐにサイズが変わるから、一歳児の服はシーズンが終わったら着られなくなってしまうのだ。
悠は男の子なのでまだキャラクターのトレーナーくらいで済んでいるが、もし女の子だったなら、フリルやレースをふんだんに用いたお姫様のような衣装で着飾らせたかもしれない。
もし、次の子が、女の子だったなら……。
なにも知らない柊夜さんは、ゆったりとした笑みを浮かべた。
「まあ、そのうちという話だ」
「無駄遣いしないでくださいね。すぐに必要なのは、コマの止まり木ですよ。鳥籠を家にしたほうがいいのかしら」
「そうだな。まずは鳥籠を購入しようか」
話しながら住宅街を歩いていると、とあるものが私の目にとまる。
柘植の陰からこちらを見ているのは、灰色の毛をした子犬だった。
鋭い目つきの子犬の眼差しに、なんらかの意図がある気がして、首をかしげる。
だが、私たちが柘植の傍を通りかかると、すっと子犬は隠れた。
夕陽を溶かしたような黄金色の、珍しい瞳の色をした子犬だった。
この家で飼っている犬なのだろう。
視線を移した私は、すぐにその子犬のことを忘れた。
さっそく購入した鳥籠がリビングの隅に置かれることになったけれど、コマはまだ雛なので、しばらくは空き箱で作成した巣箱が家になるようだ。
悠は疲れたのか、ぐっすりと布団で寝入っている。
バンザイしている腕のすぐ傍に、コマは小さな体を丸くして眠っていた。
自ら巣箱から出て、悠のとなりに寝ているのだ。
こんなに小さな生き物なのに、悠が恩人だとわかったのだろうか。今日あったことを思い返すと、切なくなってしまう。
親に見捨てられたコマが寂しい思いをしないよう、悠とともに愛情を持って育てよう。私はそう心に決めた。
ふたりの寝顔を見ていると、柊夜さんが私の後ろから覗き込んできた。
「悠は、命を守ることの尊さを学べたのではないだろうか。“治癒の手”を持つ者にふさわしい経験をしたのではないかと俺は思う」
悠の能力は、“治癒の手”という名称がつけられた。
死にかけた生物すら治癒できるという素晴らしい力だ。
クオーターなので、これまでの鬼神とは違った方向性の能力が顕現したのかもしれない。
我が子がすごい才能を持って生まれたことは喜ばしいのだけれど、親としては不安もともなう。
「……私は柊夜さんみたいに大きなスケールで考えられないです。悠の能力が知れ渡って、悪いことに利用されたらどうしようとか、今から心配ですよ」
「大丈夫だ。俺たちが悠にきちんと向き合っていけば、この能力を正しく使えるだろう。コマを救ったようにな」
私の肩に手を置いた柊夜さんは、優しい声音でそう言ってくれた。
ふと、私は胸に湧いた想いをつぶやく。