九月上旬のある日。空は、朝から黒く厚い雨雲が垂れこめていた。
戦後最大級の台風がやってくると、午後の報道番組が伝えていた。ここ、私立及川学園の学生寮で住み込みの寮母をしている私は上野美晴。二十三歳。
停電に備え、非常用電源や懐中電灯、備蓄の食料や水の確認をし、花を植えたプランター等、風に飛ばされそうなものを、倉庫にしまった。
その後パート職員のおばさんと一緒に早めの夕食を準備していたとき、寮の玄関からがやがやと声が聞こえてきた。寮生が帰ってきたのだ。
私はエプロンを外し、彼らを出迎えた。外はまだ雨が降っていなかったらしく、誰も濡れていなくてホッとした。大きな声で、寮生に向かって呼びかける。
「台風が来てるよ! みんな、自室の窓ガラスを補強してー!」
学校と同じような造りのこの寮には、雨戸がない。なので補強用のテープやダンボールを用意しておいたのだけど、寮生はみんな「大丈夫だって」「美晴は心配性だな」と言い、スルー。自分の靴を下駄箱に放り入れ、雑談をしながら、それぞれの部屋に戻っていってしまう。
ひどい。誰も窓ガラスを補強してくれない。これでもかと声を張り上げているのに。
「無駄だよ。台風なんて、誰も怖がってないから」
そう言い、ひとりの寮生が私の肩を軽く叩く。金茶色の髪をした彼は、二年生の沖田くん。両耳にピアスが光っている。