「七つの大罪の罪人、か。そこは私も思い付かなかったな」





汐里は小さく笑って、「信号変わってる」と前を指差す。
一颯は視線を前に戻し、静かに発進させる。
車は憤怒である猿渡と呼ばれる男の元へ向かっている。
だが、車中は猿渡ではなく、久宝の話で持ちきりだ。





「浅川さん、久宝首相が七つの大罪の罪人であろうと思う理由は何ですか?」







「さっき留置所で可我士の話を聞いたとき、《あの人》が動き出してると言っていた。ついでに言えば、怯えていた」






「それで?」





「可我士は神室に恐怖を抱いているようには思えなかった。だが、《あの人》に対しては恐怖を抱いて怯えていたように見えた」






可我士はきっと《あの人》のことは何があっても自ら話さないだろう。
彼をそうさせているのは恐らく恐怖。
恐怖は時に人を狂わせ、時に萎縮させ、時に死へと導く。
恐怖に打ち勝つのは至難の技だ。
一颯自身、大切なものを失いかけたときに抱いた恐怖と相手への憎しみは今でも覚えている。
二年経った今でも。





「久宝首相は無名の議員から首相まで登り詰めた人だ。好感度も高い。うちの父も恐らく、信頼している」





「なら、疑う余地はないのでは?」





「だから、疑うんだ。誰もが信頼する優れた人間なんてこの世にはいない。そんな奴がいたら、世の中がこんな風にはなってない」





一颯はハンドルをぎゅっと握りしめる。
これまで多くの犯罪者を逮捕してきた。
それでも、犯罪は無くならないし、増えるばかりだ。
この世の人間が他人を信頼し続けることなど不可能なのだ。
だから、犯罪が起きるのだ。






他人を信じようとしている一颯でさえも本当に信頼できる人はごくわずか。
両親と妹、叔父、相棒である汐里と同僚である椎名と赤星と上司の司馬。
学生時代の友人たちはしばらく連絡を取っていないし、一番仲が良かった親友はこの世にいない。
人懐っこいとされる一颯でも本当に信頼できる人は少ないのだ。
それが人を疑うことが仕事の刑事になってしまった一颯の悲しい性だった。





「まあ、警察にいれば自然と人を信じれなくなるけどな。常に相手しているのが犯罪者だしな」





汐里は膝にタブレットを乗せて、両手を頭の後ろで組む。
彼女自身も気を許せる人間は少ないという。
元々交遊範囲が然程広くないようで、それを苦に思わないようだ。
その気を許せる人間の中に、一颯が含まれているのは彼自身は気付いているようで気付いていない。