「お待たせ」
 藪本くんが戻って来た。ローテーブルに二人分のお茶の入ったグラスを並べる。

「ありがと」
 緊張で喉が渇いていたので、私はお茶を半分ほど一気に飲んだ。

「じゃあ、さっそく歌ってもらおうかな」
「はっ、はい!」

「なんで敬語?」
「えっと……まだ新人なので?」

 私の、意味のよくわからない返しに、藪本くんは、
「まあ、たしかに新人だね」
 と笑ってくれた。



 自分の歌声を、ちゃんと客観的に聴いたのは初めてだった。
 イメージと全然違ってびっくりしたし、聴いていると、なんだか全身がかゆくなってくる。

 曲を何度も聴いてから臨んでいるので、私にも、なんとなく理想とする曲の完成図がある。が、そこにたどり着くまでには、まだ全然遠い場所にいることがわかった。

 でも、どういうふうに歌えば理想に近づけるのかもよくわからなかった。ボイストレーニング的なレッスンを受けたこともない。自力でどうにかしなければならないのだ。

 藪本くんの意見やアドバイスも聞きながら、私は何度もテイクを重ねていく。

 そのたびに自分の声を聴いて、理想と現実のギャップに情けなくなって、悔しくなる。
 歌えば歌うほど、わからなくなってくる。

 このままでは、文化祭当日に納得のいく歌は歌えない。
 不安と焦りが、心に充満する。