葬式は生きる人のための儀式だという話を聞いた事がある。生きている人が心の区切りをつけるためのものであり、亡くなった人を弔うことで生きる者が自己満足する儀式らしい。それを聞いたときには他人事だと思っていたが、いざ自分が葬式の喪主となった場合、そして、家族が同時に複数人死亡した場合は心に余裕がない。自己が疲労してしまう儀式として認識してしまった。なぜならば、生き残ったのは俺一人だ。そして、まだ年齢は若干19歳の大学1年生だ。

 俺は、実家から日本で一番難関と言われる大学に通っている。現役合格だ。特別な英才教育をされたわけでもないし、両親が特別優秀だったわけでもない。親戚も普通の大学出身者が多いのだが、俺はなぜか日本一難関である大学に入学してしまった。それもこれも、多分俺は、凝り性なのだ。中学高校時代は勉強に凝ってしまい、とことんやりつくした。そして、大学で勉強したいと思っていた植物について研究するためにとことん勉強した。その結果、自分が勉強したい分野をとことん勉強できそうなのだが、謎の火災事件によって、家が全焼、家族が全員焼死という悲しい結末を迎えた。予期せぬ事態により、多分、日本一不幸な大学生となる。火事の時間帯、俺は大学に行っていて、深夜に帰宅したので、たまたま事故に遭うことはなかった。不幸中の幸いと人は言う。

 しかし、生き残ってもむなしいものだ。いっそ一緒に死んだ方がよかったかもしれない。そんな気持ちになる。学校では家族が死亡した時の手続きだとか葬式について教えてもらったことはない。だから、俺は若干19歳にしてすべての手続きを終えて、安堵していた。普通ならば悲しみがもっとこみあげるところだが、悲しむ暇も与えられなかった。意外と手続きや人付き合いというのは忙しい。そのほうが、悲しみに浸ることもなく、いいのかもしれないと考えるようにしてみる。

 俺は不幸の真っただ中にいる。死亡届を出し、通夜と葬式を終わらせ、親戚や近所に挨拶回りをして、疲れた。と思いながら、葬祭会館を出る。事務手続きという法律に振り回された日々が落ち着いた。俺はため息をつくと、一時的にビジネスホテルを取っていたのでホテルに向かう。自宅は全焼だ。しかし、貯金はちゃんとしている親だったし、安定した仕事をしていたので、学費や生活費に困るということはないだろう。大学を卒業したら働けばいい、それでいい。

 すると、葬祭会館前で、座っていた女子高校生が話しかけてきた。正直スカートが短いから下着が見えそうだが、そんなことはおかまいなしで立ち上がり、近づいてきた。道を聞くとかそういったことだろうか。疲れている俺ではない誰かに聞いてほしいな。そう思ったのだが、お人好しな性格がこういった時も災いする。そして、俺は立ち止まる。

「火災事故でただ一人生き残った影野光《かげのらいと》さん? 難関大学の一年生でしょ」
「まぁ、そうだが。君は?」

 道を聞かれるのだろうと思っていた俺は意外な女子高生の言葉に驚く。女子高校生はこのあたりだと有名な私立のお嬢様学校の生徒ということが制服からわかる情報だった。そして、どちらかというと生真面目な性格ではなさそうな甘えたがりなちょっと遊ぶのが好きそうな女子高校生だ。

「俺のことを調べたのか?」
 俺は警戒する。
「実は、頼みたい事があるの」
 女子高校生がスマホを差し出す。これがどうしたのだろうか?
「これを使って、あなたの家族を死なせないという方法があるんだけど」
 俺は目の前の少女が何を言っているのか正直わからなかった。もう死んでしまったのだ。まさか生き返るというはずもない。
「このスマホ、過去の人間と連絡が取れるの。通話とメールができるの。あなたの家族を避難させれば、家族は死ななくていいでしょ」
「そんな夢見たいな話があるはずないだろう。君の名はなんて言うんだ? 名乗らずに得体のしれない人間からの情報を信じろと言うのか?」
「私の名前は本条理沙。私がスマホを手に入れた経緯を話したいので、近くの公園のベンチで話を聞いてもらってもいい?」
「わかった。話は聞く」
 俺は、これ以上不幸もないだろうと、いたって普通の女子高生と共にすぐ近くの公園のベンチに向かった。公園のベンチに行くだけだ、何かのワナではないだろう。
「私、親がとても厳しくてスマホを持つことを禁じられているの。ガラケーは連絡手段として持っているんだけどね。スマホが欲しいなって思ったら、この公園のベンチの上にスマホあげますって書いてある箱があったの。そして、このスマホが入っていたの」
「そりゃあ罠だ。何か個人情報を聞き出そうとか、詐欺の一種かもしれない」
「そう思って、私も警戒したんだけど、スマホに触れたら、説明がでてきたの」

『このスマートフォンは過去の人間に連絡が取れます。料金は無料です。使った人物にリスクはありません。もし嘘だと思ったら、試しに連絡を取りたい年代と月日を入力して、その人物の電話番号を入力すれば通話ができます。相手の電話が固定電話でも、携帯電話でも大丈夫です。今は使われていなくても、その当時使われていた番号ならば通話は可能です。メッセージ機能もありますが、まずは通話から試してみてください。お好みでしたら無料で差し上げます』

「ちょっと怖いけど、試しに死んだおばあちゃんが生きていた年月日を入力して、電話してみたの。そうしたら、本当におばあちゃんと話ができたの。おばあちゃんはその時代の私だと思い込んで、いつも通り話をしていたわ」
「本当なのか?」
 俺は藁にもすがる思いで身を乗り出す。最悪の事態を少しでも改善したいというのが人の心だ。
「本当だよ。無料だし、リスクもないならそういう使い方ってありだよね」
「でも、なんで俺に?」
「私、最近この町で全焼する火事があった新聞記事を見て、あなたに必要だと思ったの。それに、あなたの名前と顔を知っているよ。以前うちの高校に出前授業に来たでしょ」
「確かに行った」
 制服に見覚えがあるし、有名なお嬢様学校というイメージが強いから、地元では有名な高校だ。

「うちの女子高って伝統重視だれけど、日本一の難関大を目指す生徒が増えてきているのよ。学校としてもそういった生徒をどんどん輩出したいみたい。そこで、現役学生に勉強を教えてもらおうとか受験体験記も話してくれてたでしょ」
「その時、あなたの名前と顔を知っていたんだけど、新聞記事でこんなに不幸な目にあっていることを知ってしまったからには、力になりたいと思ったの。こういったスマホは頭が良くて、欲のない善意ある人間が使ったほうがいいと思うから。私はそこまでの学力はないし、使いこなせそうもないし」
「でも、受験体験記とか、出前授業くらいじゃ善良な人間かどうかなんてわからないだろ」
「教え方が優しいなというのが印象に残っていたんだけど、たまたま、このあたりでおばあさんがりんごを落として、助けてあげていたことがあったでしょ。私は、通りの向こうで助けられなかったけれど、あなたは荷物を持ってそのままバス停まで送ってあげていたでしょ」
「見ていたのか?」
「人助けを見たのは偶然よ。だから、新聞記事に書いてあった葬祭会館の前で待っていれば会えるだろうと思って、待ってました」
「影野光《かげのらいと》さん、あなたのことが好きです。だから、このスマホを共有しませんか。そして、この町を一緒によくしていきませんか?」

 好きです、ということは突然の告白か? でも、そのあとのセリフがわからない。スマホを共有してこの町をよくしていく?? 全くもって意味不明だ。

「あのさ、好きっていうのはどういう意味なのかな? もちろんスマホは使ってみたいけど……」
「あなたの頭脳と優しさが好きなんです。この町には悪がたくさんある。周囲にいる困っている人を助けたい。私ひとりで不思議なスマホを扱える自信がないの。あなたの頭の回転の速さならば、このスマホをいいことに使えると思う。まずはあなたの家族を救うことが第一だけど、そのあと、一緒に困っている人を助けよう」
「はぁ……俺に扱えるかどうかはわからないけれど」
「あなた、難関大学を現役で入学したって聞いたの。現役合格は希少でしょ。私は他にそういった優秀な友達はいないから、あなたしかいないと思って」

 よく聞くと、愛の告白じゃなくってスマホを使う頭脳の相方が欲しいとかそういったことなんだろうか。俺は、心のどこかでがっかりしていた。しかし、それ以上に家族を死なせない、そんなことができるならば実行したいと心底願っていた。これが本当ならばお金には代えられない価値と幸せがあるはずだ。
「でも、今を変えることは無理なんじゃないのか? 一度死んだ事実は戻らないとか、ここではない別な世界では生きている、とかそういった話かもしれないぞ」

「そういうときは、このQ&Aで検索できるの」
 そう言ってアプリを出すと、検索画面が出てきた。

Q「今を変えるのは無理ですか?」
 という質問を入力する。すると、アンサーが返ってきた。

A「変えられます。なかったことにできるのです」

「俺に貸してくれ」
 俺は質問画面に文字を打ち込んだ。

Q「対価や代償などのリスクはありますか?」
A「ありません」

 すぐに答えが返ってくる。誰かの持ち物なのだろうか? しかし、あげますとかいてあるならば、俺はこれを使うしかないだろう。大事な家族を取り戻す。俺は堅い決意を固めた。