「そういえば、ラクって成績いいんだよね? 県内一の進学率の高い高校で、ずっと一番なんでしょ」
「成績はいいけど。――そういえば、入学して一番最初のテストの時は2番だったけど、ずっとあとは1番だな」
 俺は普段自慢する相手もいないので、得意気に語ってみた。しかし、なぜ知っているんだ。これは正体を暴くチャンスかもしれない。

「ラクって努力型なの? だって、友達いないし、部活もなにもしていないから、勉強くらいしかすることないって感じでしょ」

 俺は、先程から軽く見下す女神という得体のしれない女に対していら立ちを感じていた。

「私も実は成績が良かったんだよね。学年1位だったし」
女神の真実がひとつ明らかになる。成績優秀らしい。

「今は違うのか?」
「こういう状態だからテスト受けられないのよ」

 ここはなんともリアクションがしずらい。女神という存在がよくわからないからだ。幽霊で死んでいるならば気の毒だとも思えるし、生きているならばなぜこんなことになっているのか、なぜテストが受けられないのかもよくわからない。

「ラクってライトノベルばっかり読んでいるイメージだったけれど、意外と漫画も純文学も雑誌も何でも読むんだね」

俺の部屋の本棚を見て、女神が少し意外な顔をした。なぜ、ライトノベルをよく読んでいるなんて知っているんだ? もしかしたら、どこかで俺を見たことがあるのか。それも複数回。俺が本を読むならば、学校とこの部屋だ。通学は自転車だし、図書館やカフェなどで読むことはない。学校関係者か? 生徒なのか? 俺が色々考えをめぐらす。俺は、手元にあった雑誌を開く。全国のロードマップと共に店の紹介が出ていた。これは、使える。視線が気になり、集中できない日々とはおさらばだ。とにかく奴の素性を暴くぞ。これは頭脳戦だ。

「ニーパーロクって便利だよな」
 俺の問いかけに女神が答える。
「あの店、安いよね」

 これは、俺が仕掛けた罠だ。ニーパーロクというのはこの市内に1件しかない安いスーパーの名前だ。つまりこの市内に土地勘がなければぴんと来ないだろう。しかも、国道286号線をニーパーロクと呼ぶいう情報が、たまたま旅行系のグルメ雑誌に載っていた。国道286号線だと思わなかったということはこの市内の近辺に土地勘があるが、国道286号線のことは知らないということだ。

「おまえはここの市内の女子高生ってことで決定だな。あの店は全国を探しても1店舗しかない個人の店だ」
「もしかして、今の誘導尋問? さりげなく頭いいのね」
「俺の勝ちだな」

 俺は、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 俺は付近の中学校の卒業アルバムを調べたかったのだが、入手ルートもなく、途方に暮れていた。多分見た感じは年齢は同じのような気がする。ならば、高校の生徒名簿を確認したいが、これも教師が持っているものなので生徒が見ることは普段なかなかできない。とりあえず自分が卒業した中学校の卒業アルバムを見たのだが、それらしき顔はなかった。というか全然知らない奴ばっかりだ。やっぱり俺は他人から目を逸らして生活していたんだな。今更そんなことを考える。いつから俺は、コミュニケーションから逃げていたんだろうか? はじめて自分に向き合う。

 とりあえずここにいる女神の正体をまず知っておかなければ。俺のそばから離れてもらう方法がわかるかもしれない。

「おまえ、生きているのか?」
「うん、この世界のどこかでね」
「今、おまえはこの世界では、意識はないってことか?」
「なんで?」
「俺と話しながら、もうひとつの自分の生活を送るなんて無理だろ」
「それはそうだけれど」
「神様っていうのに脅されているのか? たとえば言うことを聞かないと死ぬことになるとか」
「私、結構不幸な人生だと思ったんだよね。お先真っ暗な時に、根暗男子の担当にさせられて、好きになってもらうにも人間嫌いな気難しいタイプだし。最初はキモイかなって思ったんだけど、意外と顔もかわいいし、性格もいいよね」

 何気なく核心から逸らした回答が返ってきたような気がした。

「キモイってどんだけ見下してるんだよ。そのあとに、ほめ殺して惚れさせようとするツンデレ作戦か」
「違うよ、今のは本当のことだよ。話してみたらラクってからかい甲斐があるし、この暮らしも嫌いじゃないなあって思っているよ」

 俺は今になって、学年で一度だけ1位を譲ってしまった生徒のことが気になった。どうせ最初だけがんばったとか、まぐれだったのかもしれないが、なんという名前だったのだろう。たしか女子だったような気がする。気楽に聞くことができる友達もいない俺は、スマホで毎回自分の学年順位を写真に収めていることを思い出す。なんとなく、気になったのだ。どんな奴が俺以上の成績を取ったのか。はじめて他人に興味をもったような気がする。

 女神がその辺でくつろいでいるときに、俺はスマホで写真をチェックする。記録のために貼りだされた成績表の順位の名前をスマホに収めていた。つまり、自分の名前の前後の名前も記録されているということだ。もちろん、チェックしたのは、女神からはスマホの画面が見えない位置にいるときだ。

 その映像によると、同じクラスの女神燈子《めがみとうこ》が最初のテストで1番をとった生徒だったらしい。そんな名前の生徒いたかな? 俺は人に興味がないので、クラスメイトの顔と名前が一致していないし、覚えようとも思っていないので、どの人が女神燈子なのか、わからずだった。そして、女神という変わった苗字と目の前にいるからかい女神が同じ名前を名乗っていることに気づいた。

 翌日、学校で女神という人物を探したが、来ていない。不登校なのだろうか。でも、確認する話せる友達もいない。俺は、途方に暮れた。こんなことを教師に聞くのもおかしいだろう。そもそもクラスメイトがなぜ来ていないのか、理由を知らないあたりもおかしな話だ。俺はしかたなく、スマホで検索してみる。女神燈子のSNSだとか情報がないかと思ったからだ。しかし、それらしき人物のアカウントはみつからない。学校で地道に女神の情報を集めよう、人脈も話しかける勇気もないけれど。本当に意気地なしのヘタレだな。

 朝のホームルームの時間、俺はほとんど話を聞いていないことが多いのだが、今日はあるワードに反応して真剣に耳を傾けた。

「実は、現在入院中の女神燈子さんのことでみんなに報告がある。いまだ、意識はない。しかし、みんなからひとこと書いた色紙を送ろうという話が一部の生徒から提案があった。そこで、今日は色紙を書いてもらい後日病院に届けることにした」

 女神燈子が入院? どこの病院だ? 病気なのだろうか? 不登校じゃないってことか。写真とかないのだろうか。俺は、まわりに聞くこともできず、色紙が回ってきたら皆が書いた言葉から情報を得るしかなかった。それしかできない自分がいた。教師に聞けばいいのかもしれないが、それもできない。

 クラスの集合写真が壁に掲示されていた。それは、今まで興味もなく見たこともなかったが、4月の新学期に全員で桜の下で撮ったものだった。俺ははじめてクラスメイトに向き合った。毎日見ているのに、写真を見ても顔を覚えていない俺はどこかおかしいのかもしれないし、見ないように意識を逸らしているのかもしれない。一種の社会不適応症を持っているのかもしれない。

 写真に写る人間を端から順番にひとりひとり見る。はじめて他人の顔をじっと見たような気がした。もしかしたら、幼少期は他人を見ていたのかもしれない。しかし、いつのまにか他人を見ようともしなくなっている自分がいた。知らない顔ばかりの中に、最近よく見る女子の顔があった。女神だ。やっぱり女神燈子が女神だったのだ。というか女神って女神様ではなく本名だったのかよ。しかし、彼女の入院を知らなかった。クラスメイトにも関わらず彼女の存在も入院の原因も知らない俺はどうかしているな。はじめて自分を客観的に見ていた。

 俺は、入院の事実を知らないふりをすることにした。女神燈子という名前で生きているが、入院中であり、俺と同じクラスの女子だということまでは突き止めた。しかし、なぜ女神が俺のところに毎日入り浸っているのだろう。自分の体に戻れないのだろうか?