風呂の時間が好きだったりする。一人で湯船につかり、ゆっくり温まる。なんて至福の素晴らしい時間なんだ。天からの授かりもののような俺の生きがいでもある入浴。

 シャワーだけだなんて、邪道のすることだ。血行が良くならないし、代謝にいいのは断然入浴だ。温泉よりも断然自宅派だ。温泉だと人がたくさんいるし、気を遣うような気がして落ち着かない。その点、温泉入浴剤を入れれば、日本全国をまわらずとも様々なお湯を楽しむことができる。自宅にいて、ものの数分で日本各地を旅行できるようなものだ。この価格で日本全国をまわることができるという素晴らしきアイテムだ。まさにどこでもドアと同じだと俺は思っている。

 俺は幸せな時をゆっくり静かに過ごしたいのだが、女神のことだ、きっと勝手に入ってくるに違いない。あの体はドアや壁をすり抜ける。ということは、鍵をかけても全く効果がない。俺は清潔男子ではある。ただ、性格が暗いだけだ。身体の清潔のために、今日はより一層気合を入れて入浴に臨む。さながら、スポーツの試合に臨む選手のごとく思考を研ぎ澄ます。気配を感じろ。何かの格闘漫画でそういった場面があったような気がする。俺には無縁だと思っていたが、意外にもそのときは俺にも訪れた。それは――今だ。

 下半身にタオルを巻き、まずはシャワーで髪と顔を洗う。意外に思われるかもしれないが、こだわりのシャンプーとリンス、洗顔フォームだったりする。とはいっても、男性向けで香りが気に入ったとかコストパフォーマンスがいいという程度のこだわりだ。そして、一度愛用するとなかなか他の商品に乗り換えないメーカーにはありがたいタイプの購入客だ。

 全身で気配を感じながら、誰もいないことを確認する。無事に体を洗い終えた。この速さで全身を洗い終えたのは最高記録となる速度かもしれない。やはりバトル漫画と同じだ。気を感じながら、素早く動く。風呂場で全裸の俺は、1人の戦士だった。

 全身を洗い終え、安心した俺は風呂に浸かる。ああ、幸せだ。俺は今日は頑張った。そんな激励を自身に投げかける。ああ、気持ちいいな。ふうっとため息をつく。安心のため息だ。

「髪が濡れていると結構イメージ違うね。さっきのラクより、かっこいいかも」
「なに? 女神がまた侵入したのか? 約束破るなよ」
「あそこの穴が気になって入ってきちゃった」

 女神は涼しい顔で『あそこの穴』だと言うのだが、俺はその言葉を発する勇気もなかった。俺の穴と言えば、肛門か? 俺の肛門が気になるというのか? どこまで下品な女なんだ。風呂場の空間の穴は他にもあるだろう。俺は思考をフル回転する。もしかして、排水溝か? 蛇口の出口も穴といえば穴だな。色々納得する。

「かなり小さな穴だから、指も入りそうもないね」

 どういう神経の持ち主なんだ。指を入れたいと思っているのか? 排水溝ならば指を入れることは簡単だろう。入りそうもない穴ってどこだ? だいたい18歳未満の女子でそんなことを考えるとは大胆すぎるだろ。普通の交際すらもしていない俺が、普通を通り越してマニアックな方面に誘われてしまったのだろうか? 俺は湯船で温泉の香りや湯を楽しむこともできず、のぼせてしまったようだ。女神の予期せぬ大胆発言のせいで俺の顔が赤くなってしまったのは否定できないが、ここはのぼせたことにしよう。

「ラク、また変なこと考えてない? 私が気になる穴っていうのはここだよ」
 女神が指さした壁には小さな穴が開いていた。それは、傷んで壁に凹凸ができたものだった。女神に俺は完全に負けた。思考を支配されてしまった俺に勝ち目はなかったんだ。

「おい、俺はもう上がるから、とりあえずここから出ていけ!!」
「わかったよぉ。ラクの腹筋って意外と鍛えられていることに驚いたのが今日の収穫だな、意外性で私が負けたかも」
「いつ俺の腹筋みてたんだよ?」
「内緒、じゃあね」

 たしかに腹筋を毎日やってはいるけれど、誰かに見られる日が来るとは思ってもいなかった。というか見たのは腹筋だけなんだろうか? 腹筋ということは前をみたということだよな? どこまでみたのか、聞くこともできない。これは逆わいせつ罪で訴えたいところだが――実体がない者を訴えることはこの国の法律では無理だ。そうか、あいつの正体を早く突き止めて、逆に脅しをかけなければ。