傍から見ればたしかに、仕事も恋愛も上手くいっているように思われるのかもしれない。
しかし私には二人の方がよほど充実し、精神的にも成熟しているように見えていた。
二人とも自分の可能性を信じて突き進んではいるけれど、ただ単に夢だけを追っているわけではなく、きちんと将来を見据え、現実的に物事を考えられている。
それはきっと多くの人に揉まれ、辛い経験も重ねながら生きてきたからこそ得られたと思われる、人間性の豊かさ故なのだろう。
語られる価値観や人生観なんかには、すでに奥行きすらも感じられるほどだった。
対する私はどうだ。
中学生のころから今の今まで、人付き合いや社会経験は最低限に、ひたすら文章ばかりを綴ってきた。
今を生きることに精一杯で、将来のことだってほとんど考えたこともない。
作家なのだからそんな刹那的な生き方でも構わないと信じていたけれど、それはただの言い訳で、本当は苦手なことから逃げて自分を甘やかしていただけなのかもしれない。
二人に比べると吐く言葉すべてが薄っぺらく感じられて、やはりこうしたときに見識の狭さが露見してしまうと、己の未熟さを恥じる。
世の中の二十五歳はこんなにも達観しているのかと衝撃を受けながら、そんな人たちを前にして、自分の感覚がひどく幼く浮いていることに改めて気づかされた。
最近酷くなるばかりの劣等感も相まって、元々低い自己肯定感が地の底まで落ちていく。
自分と他人を比較してばかりいても意味なんてないし、私にだって秀でている分野くらいはある。
けれど頭では分かっていても、どうしても心が着いていかない。
足元がぐらつくような心地になり、慌てて平静を装い笑顔をつくる。
ああ、私はいつもどんな顔をして人前に立っていたんだっけ。
何か恥ずかしい幼稚な振る舞いはしていなかったか、考えるだけでも怖ろしい。
「寒っ……」
収録を終えてテレビ局の出口をくぐると、冷たい風が吹き抜けた。冬の空気は好きだ。
寒いけれどひんやりと澄んでいて、余計なものをすべて削ぎ落としたかのように潔くて気持ちがいい。
まるで私の憂鬱な気分さえも浄化してくれそうだ。
巻いていたマフラーを口元まで上げ、私は電源を落としていたスマートフォンを起動し、アプリのトーク画面を開いた。
千里くんからの新着メッセージはない。
遡れば最後にやりとりをしたのはもう三日も前だと気づき、物悲しくやるせなくなる。
こんなにも気分が落ち込む理由は、千里くんとまともに会えていないことにも一因があった。
彼も例の展示会の仕事が立て込んでいるため、お互いに忙しく、最近は同じ部屋に住んでいても顔を合わせられないようなすれ違いの生活を送っているのだ。
けれどそれも今日まで。
展示会の最終日である今日が終われば、明日からはまた二人の日常が戻ってくるだろう。
「お疲れ様」「頑張ったね」と声をかけて、早く彼を労ってあげたい。
そうすれば、いつものあの笑顔で応えてくれるはずだ。
そんな想像をして、私の気分はいとも簡単に上昇した。
口がマフラーで隠れているのをいいことに、ニヤつく顔をそのままで歩道を闊歩する。
あとはマンションに帰るだけだから、千里くんへのプレゼントを物色するために、コーヒーショップにでも寄ってみようか。
そんなことを考えていると、ふいにコートのポケットに入れたばかりのスマートフォンが着信音を鳴らした。
取り出して画面を見れば、千里くんの名前が表示されている。
「もしもし、千里くん?」
「聖ちゃん」
電話をかけてくるなんて珍しいと思いながら出ると、なんだか懐かしさすら感じる声が聞こえた。
それにしても好きな人の声というのは不思議なもので、なぜだか電話越しでも鮮やかに聞こえるのだ。
ずっとこの声だけを聞いて生きていたいと馬鹿なことを考えながらも、私は彼の話に集中するために耳を澄ました。
「突然電話してごめんね。今大丈夫?」
「うん。ちょうど仕事が終わったところだったから」
しかし私には二人の方がよほど充実し、精神的にも成熟しているように見えていた。
二人とも自分の可能性を信じて突き進んではいるけれど、ただ単に夢だけを追っているわけではなく、きちんと将来を見据え、現実的に物事を考えられている。
それはきっと多くの人に揉まれ、辛い経験も重ねながら生きてきたからこそ得られたと思われる、人間性の豊かさ故なのだろう。
語られる価値観や人生観なんかには、すでに奥行きすらも感じられるほどだった。
対する私はどうだ。
中学生のころから今の今まで、人付き合いや社会経験は最低限に、ひたすら文章ばかりを綴ってきた。
今を生きることに精一杯で、将来のことだってほとんど考えたこともない。
作家なのだからそんな刹那的な生き方でも構わないと信じていたけれど、それはただの言い訳で、本当は苦手なことから逃げて自分を甘やかしていただけなのかもしれない。
二人に比べると吐く言葉すべてが薄っぺらく感じられて、やはりこうしたときに見識の狭さが露見してしまうと、己の未熟さを恥じる。
世の中の二十五歳はこんなにも達観しているのかと衝撃を受けながら、そんな人たちを前にして、自分の感覚がひどく幼く浮いていることに改めて気づかされた。
最近酷くなるばかりの劣等感も相まって、元々低い自己肯定感が地の底まで落ちていく。
自分と他人を比較してばかりいても意味なんてないし、私にだって秀でている分野くらいはある。
けれど頭では分かっていても、どうしても心が着いていかない。
足元がぐらつくような心地になり、慌てて平静を装い笑顔をつくる。
ああ、私はいつもどんな顔をして人前に立っていたんだっけ。
何か恥ずかしい幼稚な振る舞いはしていなかったか、考えるだけでも怖ろしい。
「寒っ……」
収録を終えてテレビ局の出口をくぐると、冷たい風が吹き抜けた。冬の空気は好きだ。
寒いけれどひんやりと澄んでいて、余計なものをすべて削ぎ落としたかのように潔くて気持ちがいい。
まるで私の憂鬱な気分さえも浄化してくれそうだ。
巻いていたマフラーを口元まで上げ、私は電源を落としていたスマートフォンを起動し、アプリのトーク画面を開いた。
千里くんからの新着メッセージはない。
遡れば最後にやりとりをしたのはもう三日も前だと気づき、物悲しくやるせなくなる。
こんなにも気分が落ち込む理由は、千里くんとまともに会えていないことにも一因があった。
彼も例の展示会の仕事が立て込んでいるため、お互いに忙しく、最近は同じ部屋に住んでいても顔を合わせられないようなすれ違いの生活を送っているのだ。
けれどそれも今日まで。
展示会の最終日である今日が終われば、明日からはまた二人の日常が戻ってくるだろう。
「お疲れ様」「頑張ったね」と声をかけて、早く彼を労ってあげたい。
そうすれば、いつものあの笑顔で応えてくれるはずだ。
そんな想像をして、私の気分はいとも簡単に上昇した。
口がマフラーで隠れているのをいいことに、ニヤつく顔をそのままで歩道を闊歩する。
あとはマンションに帰るだけだから、千里くんへのプレゼントを物色するために、コーヒーショップにでも寄ってみようか。
そんなことを考えていると、ふいにコートのポケットに入れたばかりのスマートフォンが着信音を鳴らした。
取り出して画面を見れば、千里くんの名前が表示されている。
「もしもし、千里くん?」
「聖ちゃん」
電話をかけてくるなんて珍しいと思いながら出ると、なんだか懐かしさすら感じる声が聞こえた。
それにしても好きな人の声というのは不思議なもので、なぜだか電話越しでも鮮やかに聞こえるのだ。
ずっとこの声だけを聞いて生きていたいと馬鹿なことを考えながらも、私は彼の話に集中するために耳を澄ました。
「突然電話してごめんね。今大丈夫?」
「うん。ちょうど仕事が終わったところだったから」