「そうなんだ。私も同じだよ」

実は3年前、母には新しい家庭ができたのだ。
母の新しいパートナーである男性は、彼女の性格に理解がある人で、二人の生活は目立ったトラブルもなく順調らしい。
私も何度か会ったことはあるが、しかし今さらできた血の繋がらない父親とどう接すればいいのか分からず、もうずいぶんと実家には帰っていなかった。
世間一般から見たら、家族を顧みることのできない私たちは、確かに親不孝なのかもしれない。

「俺らも共犯者だね」

おそらく私のデビュー作に絡めた千里くんの言葉に、私たちは二人で吹き出して笑った。
まるでようやく反抗期がやってきた者同士のようで、この後ろめたさが自分だけのものではないのだと思うと、気持ちが少し楽になる。

「今日のカレーのお礼に、今度の週末は俺が料理をつくるよ。聖ちゃんの好きなもの、たくさん」

「だったら私も一緒につくりたいな」

「じゃあ二人でいろんなものをつくろう」

かくして次の週末、私たちは自分たちの好きな食べ物を思う存分つくることにした。
前日から大量の食材を買い込み、和洋中さまざまに取り留めなく、とにかく食べたいものをひたすらにつくり上げていく。
結局はグラタン、ロールキャベツ、カルボナーラ、コンソメスープ、肉じゃが、鳥の唐揚げ、麻婆豆腐、青椒肉絲、プリン、ガトーショコラ――と、お坊ちゃまの誕生会もかくやというような品数が並び、豪勢で少し子供っぽい食卓が出来上がった。
余った食材できんぴらやナムルといった常備菜もつくり、そうしてすべての工程を終えるころ、外はすっかり日が暮れてしまっていた。
一心不乱に料理を続け、味見くらいでしかお腹に物を入れなかった私たちは、「いただきます」の声と同時にかき込むようにしてごはんを食べた。

「待って、このきんぴらすっごく美味しい!」

「本当? それ、実は隠し味を入れてるんだ」

「えっ!? 何を入れたの!?」

「秘密」

「教えてよー!」

お腹を満たしながら笑い合うというのは、まさに至福の時間だと思う。
千里くんのいたずらっ子のような笑顔を眺めながら、私はしみじみとそう感じていた。
やけに美味しいきんぴらは、生前に栄養士をしていたという千里くんのお母さんが遺してくれたレシピによるものらしい。
お母さんと過ごした時間が少なかった彼は、その遺されたたくさんのレシピを見て、時々彼女のことを思い出すそうだ。

「最近さ、こういう素朴な味のよさを噛み締めるようになってきたんだよね」

「ああ、それ分かるなぁ」

「ていうか料理までできるなんて、千里くんって本当に何者? 人間ができすぎてない?」

だいたい彼は今日も早朝から起き、洗濯と掃除を済ましてから料理に取り掛かったはずだ。
ぐうたらで要領の悪い私とは大違いである。

「ほんと聖ちゃんは買い被りすぎだって。俺はただ単に家事が苦にならないだけだよ」

「それにしても何事もそつがない気がする。短所とか弱点とかないの?」

「もちろんたくさんあるよ。心配性だし潔癖だし、全然できた人間なんかじゃないよ」

「そんなの短所の内に入らないよ……!」

わずかなウィークポイントなど気にならないくらい、補って余りある魅力が千里くんにはある。
その魅力は持って生まれたものでもあるかもしれないけれど、真っ直ぐに生きようとする彼の努力があってこそ磨かれたものなのだろう。
そんな人柄を、私は一番に素敵だと思う。

「聖ちゃんはよく俺のことを褒めてくれるよね。それも出会ったときから」

襟足をかきながら、千里くんがくすぐったそうに目を細めた。