「そんな……被害者を責めるのはお門違いだよ!」

「あはは。うちの母はね、悪気もなくそういうことを言える人なんだ」

肩を竦めてやれやれと戯けてみせたものの、千里くんは複雑そうに顔を顰めてしまった。
当たり前だ、他人の毒親の話を聞いても反応に困ってしまっただろう。
不快な気持ちにさせてしまったことを申し訳なく思いつつ、乾いた笑い声を漏らす。

お世辞にも出来た人間だとは言えないし、今でも迂闊なことには違いないのだが、私も一応いい歳をした大人だ。
けれども母の中での私は、いつまで経っても何もできない子供のままなのだろう。
成功はけして褒められることはないが、失敗は助言と称して徹底的に詰られてしまう。
そうして他者の在り方を責め、相対的に自分を正当化することでしか、母は己に存在価値を見出せない性分らしいのだ。
しかしその行為が私のためのものだと本気で思っているのが、彼女のさらにやっかいなところだった。

「でもね、母が私のことを心配してるっていう気持ちもまるっきり嘘じゃないの。その気持ちだけを受け取って、あとのことは全部聞き流せばいいのに、どうしてもできなくて、私はいちいち傷つくんだ」

「そんなの、傷ついて当然だよ」

「だけどいい加減、そんな自分が嫌になるよ。いつも勝手に期待して、当たり前に裏切られて、それでも懲りないんだから」

そういった母の性分は十分なほど理解しているはずなのに、私はいまだに母から認められたいと思っていた。
聖はすごいねとか、聖は偉いねとか、そんな単純な褒め言葉を与えられながら、手放しに受け入れられて愛されてみたい。
そんな期待をしたところで無駄だということは分かっているのに、そうでなければ一生前に進むことはできないのではないかと考えてしまうほどだ。
つまり私は子供じみた欲求を抱えた、どうしようもないアダルトチルドレンだというわけだった。

「俺もそうだけど、家族の存在って簡単に切り離せるものじゃないから難しいよね」

食後に、千里くんはコーヒーを淹れてくれた。
あたたかな湯気が立ち上るコーヒーカップは、手に持っているだけでも私のささくれた心を優しく鎮めてくれる。

「残酷なことを言うようだけど、聖ちゃんの心の隙間を完全に埋められるのは、聖ちゃんのお母さんだけなのかもしれない」

「うん」

「でも俺はその隙間を、何か別のことで満たせないかなって考えるんだ」

「何か、別のこと……?」

「たとえばおもしろい本を読んで笑ったり、おいしいものを食べてお腹いっぱいになったり、そういうありきたりだけど幸せなこと。悲しむ暇もないくらいにそういう時間を過ごせたら、少しは心の痛みを和らげられるんじゃないかなって」

コーヒーを飲みながら、私たちはまるで作戦会議のように粛々と話し合った。
千里くんは私の話を親身になって聞いてくれるが、綺麗事は吐かず、私の心に寄り添いながらいろんな提案をしてくれる。
彼のその気持ちが、私は何より嬉しいと思った。

「そうだ。今度の週末、さっそく何かしてみない? 聖ちゃんさえよければ、来月の大型連休の予定を立ててみるのもいいし」

「え? ああ、そっか。来月はシルバーウィークがあるんだっけ」

カレンダーのアプリを確認すると、来月の9月は5連休があるようだった。
どうやら彼は、ひと月先であるその連休も私と過ごしてくれるつもりらしい。

「だけどせっかくの連休なのに、千里くんは帰省しなくていいの?」

「うん。兄に鉢合わせしたくないからほとんど帰ってないし、行ったとしてもいつも日帰りなんだ。親不孝かなとは思うんだけどね」