企画立案にかなり厳しい東雲さんが、まさか一発オッケーを出すなんて。
異例中の異例の事態に、私は驚きを隠せなかった。
それに書いた話は、まったくもって等身大の恋愛小説ではない。
あれは言うなれば、デビュー作の主人公たちを殺さなかったような物語だ。
傷つきながら生きてきた高校生の男女が、大人になって再会し、お互いの傷を癒そうとする、私が千里くんに抱いた感情を爆発させたような、恋愛とは少し違う話。
それなのに本当に大丈夫なのだろうかと心配していると、東雲さんは出版までの具体的なスケジュールを計算しはじめた。
どうやら彼は本気らしい。

「ああ、そうだ。今回から近影も載せましょうか」

「近影?」

近影とは、書籍に掲載される著者の顔写真のことだ。
プロフィール非公開の私は、もちろん顔出しだってしたことはない。

「そんなのを載せてどうするんですか」

「簡単なことですよ。顔出しをして、著者が美人作家という付加価値を与えるんです。“美しすぎる女流作家”とでも謳えばメディアがこぞって飛びつくでしょうし、邪道な方法ではありますが売上の増加も期待できます」

すると、東雲さんは至極真面目な顔つきで突飛な発言をした。
そんな彼の言葉がなかなか頭に入って来ず、二の句が継げずに不自然な間を作ってしまう。

「……び、美人? 私が?」

「はい。別に卑屈になるような容姿ではないでしょう? 武器として十分に通用すると思いますが」

きょとんという言葉がぴったりな顔で、東雲さんが首を傾げる。
いや、さすがに自分でも二目と見られない容姿だとは思わないけれど、だからと言って人目を引くようなものでもないし、いたって平凡な顔立ちなのだ。
彼が言うような武器にはなりそうもない。
そんなことを考えながらこめかみを手で押さえていると、東雲さんは呆れたようにため息を吐いた。

「相変わらず自己評価が低いですね。謙遜もいいですが、あまりに過ぎると嫌みですよ」

「それは認めますけど、どう考えても売りにできるほどではないですし。っていうか東雲さんだって、今まで一度もそんなこと言わなかったじゃないですか」

「個人的に人の容姿に言及するというのは好きではないので。あくまでこれは客観的な意見です」

いやはや、それにしても担当編集者の贔屓目が強すぎると思うけれど。
冷静に言い切る東雲さんを、苦い顔で見つめる。
今日の彼はいつになく私への肯定感が強くて、なんだか怖いくらいだ。

「今回の周年記念作は、顔出しと新ジャンルの開拓を合わせて、日下部聖という作家のリブランディングを行おうと思っています」

ふと、東雲さんが呟いた聞き慣れない単語に、私はぽかんと口を開けた。
リブランディングとは、ブランドの再構築という意味だっただろうか。

「日下部聖という作家は“落ちぶれた元神童作家”というイメージが強すぎますからね。名前だけで敬遠する読者も大勢いるらしいですから」

「名前だけで!?」

まさか自分のイメージがそこまで悪かったとは。
容赦のない言葉で心にダメージを受ける私とは対照的に、東雲さんは「そこでリブランディングを行うというわけです」と淡々とした調子で続けた。
つまりは新ジャンルの開拓でイメージチェンジを図り、近影によって大人の作家へと成長していたことを印象づけ、読者の意識を変える作戦なのだという。
これまで培ってきたものを台無しにしてしまう可能性もあると言われたが、そのことに関して拒否感はわかなかった。
別に今さら失うものなんて何もない。
変わるチャンスがあるならば、私はどんな手だって使いたいのだ。
というか、そんなことよりも。