岬の王国は長くは続かなかった。祖父と父が経営する会社が倒産し、五億の借金を背負ったのだ。

あれほど祖父や父にぺこぺこ媚びていた大人たちはもう居ない。岬の周りにも、取り巻きの子供は居なくなった。祖父と父は借金の返済にひいひい言ってて、岬も多額の入学金を納めて入学したエスカレーター式の小学校を途中で転校して公立の小学校に転校した。岬の人生の何もかもが一転した。なんてことだろう。

そんな時、岬は父親に頭を下げられた。

「岬。この通りだから、宮田さんのお嬢さんのところへ行ってはくれないか?」

彩乃のことだ。彩乃は、会社が倒産するまで、頻繁に猫に会いに来ていた。

「お嬢さんが、お前のことをお気に入りだというんだ。お前がお嬢さんに付いてくれるなら、借金の返済を手伝っても良いと言われているんだ」

岬は小学五年になっており、それが身売りだということが分かる年になっていた。王様だった時代から一転、岬は彩乃の前で傅かなくてはならない身分に落ちぶれたのだ……。



宮田の屋敷で、彩乃はにこやかに岬を迎えた。

「いらっしゃい、マル、ココ、リン、ナナ。それに、岬くん」

岬に挨拶したというより、連れてきた猫親子に、彩乃は挨拶した。岬の持ったキャリーの中から母猫のマルを抱き上げると、蕩けそうな表情をする。マルもよく会いに来ていた彩乃を知っていて、ごろごろと喉を鳴らしている。飼い主は俺だぞ、と岬は思ったが、これからこの屋敷でお世話になる身としては、不満ごとは言えない。仏頂面をして彩乃を見ていると、彩乃はにっこりと微笑んだ。

「岬くんが来てくれて嬉しいわ。お父様にお願いして良いお部屋を用意させたの。これから執事としてよろしくね」

岬は微笑む彩乃に微笑み返しながら、ぐっと奥歯をかみしめた。

そう……。そうなのだ……。岬は王様から一転、彩乃の執事に成り下がったのだ。彩乃の父親の会社が岬の祖父と父の会社の一番大きな取引先だった。彩乃の父親から、借金の返済に協力する代わりに一人娘の彩乃に是非岬くんを、と要望があったとのことで来てみれば、猫目当てだとか……! しかもポジションは彩乃の執事……! 岬のプライドはズタズタだった。

体の中に憤怒が駆け抜ける。何故俺がお前ごときに跪かなきゃならないんだ。そう言い放ってやりたかった。でも、過去の勢力図と現在の勢力図を鑑みれば、この結果を飲み込まなければならない。五億の借金の、半分以上を肩代わりしてくれるという約束に、岬は彩乃の前で腰を折って挨拶した。

「よろしく……、おねがいします……」

苦虫を噛み潰すなんてものじゃない。かつて下僕とも見ていた彩乃にこうべを垂れることの屈辱。微笑んだ口の端がぴくぴくし、こめかみは奥歯をかみしめすぎてずきずきと痛い。頭痛薬をもらってもおかしくない程だ。

(いやいや、そこでへつらう姿でも見せれば、執事として百点じゃん! 俺って出来る人間だからな! それくらいは朝飯前なんだよな!)

「よろしくね」

彩乃は岬の態度に頬のてっぺんをつやつやさせて、にこやかに微笑んだ。