それから三日三晩、考えに考えて、その次の日の朝に岬は彩乃の部屋を訪れた。登校を促すためだ。部屋のドアをノックして中に入る。

「彩乃さん、学校へ行きましょう。僕もこれから、彩乃さんに心から尽くしますから」

岬がそう言うと、彩乃はやっぱり泣きそうな顔をする。

「いいの、もう無理にそんなことしなくて……。今夜お父様が帰ってきたら、執事を止めてもらえるようにお願いするわ……」

くすんと泣いて、彩乃はシーツを顔まで引き上げた。岬はベッドの横まで歩み出て、顔を隠すように引き上げたシーツをぱっと剥がした。

「……っ!!」

「もう強情っぱりはお互い止めましょう。僕も彩乃さんに素直になる。だから彩乃さんも僕に素直になってくれませんか」

昨夜色々考えたのだ。病気だから岬がやさしいと思っていた彩乃は、だったら病気のままで良いと言った。つまり岬にやさしくしてほしかったのだ。……多分、心から。

「……素直に……?」

岬の顔を見て瞬きをした彩乃の目からぽろりと涙が零れた。やっぱり彩乃が泣いているのは心臓に悪い。

「そうです。僕を強引に執事にしたのも、理由があるんでしょう。その理由に僕が納得出来たら、僕はこれからも彩乃さんに尽くしても良い」

彩乃は岬の言葉をかみ砕くようにぱちぱちと瞬きをして、それから、岬くんが……、と言った。

「岬くんが、言ったのよ……。執事は、信頼できる人にさせるものだって……。そして、主人は執事を好きなのだって……」

彩乃の言葉を聞いてしまうと、岬が意地を張っていたことが馬鹿みたいだ。彩乃は子供の頃の仕返しをしたかったわけではなく、信頼の証に岬を執事に雇ったのだ。

「彩乃さんは本当に世間知らずだったんですね」

子供の頃の言葉をそのまま信じて実践するなんて、本当に世間知らずだ。それでもその気持ちを嬉しいと思う。岬も勝手にやきもきしすぎた。

「僕も、彩乃さんの好きな人が誰なのか、学校で調べまわってしまいました」

微笑むと、彩乃が目を大きく見開く。

「……滑稽でしょう。でも止められなかったんです。自分でも不思議でした」

「……岬くん……」

本当に、まるで道化師(ピエロ)のように立ちまわってしまった。でも、この遠回りがなかったら、彩乃への気持ちに気付かないままだった。

また潤んできた彩乃の目を見つめて、岬ははっきりと言った。

「僕ら、勘違いが大きすぎましたね……。だから、最初からやり直しましょう」

「最初から?」

そう、最初から。

「僕は彩乃さんを、僕と対等な一人の女の子として見るし、彩乃さんはもう僕をお金で買わないでください」

「勿論……、勿論だわ……!」

彩乃の表情が、やっと笑みに代わる。じゃあ、と言って、岬は膝をついて彩乃の手を取った。

「彩乃さん。僕の彼女になってくれますか?」

甘い笑顔を見せると、彩乃が分かりやすく赤くなった。小さく、はい、と返事が聞こえて、岬は満足げに微笑む。

お前なんか、絶対に。






もう、放してなんかやらない――――。