登校しながら考える。確かに、隣を歩く彩乃に元気がないように見える。何時もは機嫌よく岬の隣で喋っているのに、今日は授業のことについて二言三言、口を開いただけだ。

「彩乃さん」

岬が呼び掛けると、驚いたような表情をして彩乃が岬を見た。

「な、なに? 岬くん……」

本当だ、様子がおかしい。彩乃が岬に対しておどおどするところなんて、幼い頃から今まで一度も見たことなかった。

「体調でも悪いですか? 奥様が、彩乃さんが元気がないと心配してます」

「お母様が……」

そう言って、やっぱり元気なく俯く。

「クラスでいじめとかありましたか?」

そう聞くと、彩乃は、ううん、と首を振った。

「みんなやさしくて楽しい人ばかりよ、心配しないで」

心配しないでという言葉は、心配させない顔で言わなきゃいけない。そんな如何にも心配して欲しそうな顔で、心配するな等と言ってはいけない。

「彩乃さん。なにか、言いたいことがあるんでしょう。言ったらどうですか?」

どう、心配して欲しいのか、言ってみれば良い。どうせ岬は彩乃の執事だ。『お嬢様』のことは、世話しなくてはならない。それは彩乃が望んだことなのだ。

腰に手を当てて、彩乃を見下ろす。彩乃は暫く逡巡して、そしてやっぱり、なんでもないの、と俯いた。

(っがーーーーーーっ!! そうやってはぐらかすから、問題が解決されねーだろーーーー!! お前、俺に世話されたいんじゃなかったのか!!)

苛立ちを堪えすぎて、奥歯がすり減ってしまいそうだ。

(これで俺の歯が砕けたら、絶対彩乃の所為だ!!)

折角執事然として対処してやろうと思ったのに、全くもって気を削がれた。この件は、放っておくことにする。そう思った時に、彩乃が岬を呼んだ。

「岬くん」

「はい?」

条件反射のように返事を返す。すると彩乃は何か言いたそうにして……、結局言えなかった。

「……ごめんなさい。やっぱり何でもないわ……」

ムカっ。

今、岬の心情を表すのにこれほど適していて端的な言葉はない。そう、「ムカっ」としたのだ。岬を振り回す彩乃に。そして、彩乃に振り回されている自分に。

(お前なんか、もう知らねーからな!!)

二人は黙ったまま、並んで登校した。