あんまり彼ばっかり見ていたからか、ドレスのレースの裾を踏んづけそうになって二、三歩つまづいてしまった。
ママの前でクラスの好きな男子と出くわす状況なんて考えたことがなくて、心が浮き立つも動揺していたのだろう。でも、会館の通路で目が合って内浜やその友達も足を止めてしまった以上、はやる心を落ち着かせて、できるだけクラスメートっぽく声をかけるしかないと思った。
恥ずかしくって少し声が震えた。
「内浜。や、やっほう」
すると、
「どうも……お疲れ様です。」
と小学生らしくない礼儀正しい挨拶でぺこりと頭を下げたのだ。
しかも、リュックを降ろして。
あの、ふざけることが大好きな内浜に似つかわしくない行動と言葉に少々疑問を覚えた。でもそれ以上に、学校で見られない、妙によそよそしいその姿が、あのときの私には可愛くて仕方がなかったのだ。
その夜、私は部屋で「どうも……お疲れ様です。」を幾ばくと心の中で繰り返した。やがて机の上にある筆箱のカラーペンを見つめ、彼へと思いを馳せていた。
水色のペンを「もーらい!」と奪ったり、上履きをわざと履き間違えて「ヘッ」と笑ったり、林間学校でも臨海学校でもテーブルの顔合わせでガツガツとカレーライスを食べて、私の苦手なトマトを隣に見えないようにこっそり食べてくれた、
───あの内浜が、他の小学校の友達と、女子を連れていた。
ショートカットの活発そうな女子を思い返す。彼と同じく大きなリュックを抱えていた。それは彼と同じスポーツブランドの黒いリュックだった。蛍光の黄色のスポーツウエアを身にまとい、短い靴下がスニーカーから覗いているだけで細い脚が剥き出しだった。
私は引き出しから、手持ちの可愛い便箋を取り出した。
バレンタインデー以外で初めて彼に手紙を書くことになる。
観に来てくれたお礼をそこに綴ると、
いつの間にかその文面に告白を添えてしまっていた。
翌日、彼の机の中に投函すると、まもなくノートの切れ端の返事が返っていた。
“ごめん。野球クラブに好きな人がいるから。友達でいよ。”
濃い鉛筆で記された彼の文字を思い起こす。
小学五年生の夏のことだった。
ノリで出したのがいけなかったのか。
早すぎたのか。
それとも遅すぎたのか。
恋はそう突然にあっさりと諦めれるものなのだろうか?