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「ねぇ、みお。見てやばい。県立中学の野球部ってさ、東京の強豪校(きょうごうこう)に推薦で入った人がいるらしいよね。あそこやばいよね。カッコいい人多いし。……うちの野球部絶対負け確定じゃん。」
「そんなこと言わないの。置かれた場所で頑張ってるんだから。それを応援するのがうちらの役目でしょ。」

「だって一回戦からあたるなんて、ねぇ。どの人が格好いい?あっ…!今投手交代で出てきた人とかは?」
「あの人彼女いるよ」

「え?」
「ほら、ちゃんと構えて。」
「や~んもう、みおはストイックだなぁ……。」


私の手にはトランペット。
私たち吹奏楽部は、市民球場の所定の応援席に座っている。ここ辺りの中学は野球の地方試合でのブラバン演奏を許可されている。高校ほど本格的な応援は出来ないけれど、少人数なら有志(ゆうし)で参加できるのだ。

隣に座る、トロンボーンの同じクラスの友達とは目を盗んでこうやってよく隠れて会話に花を咲かせる。
カキンと鳴るバットの音を聞いて、私は目を閉じて音階を乗せた。



「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド……」


「ん?何今の鼻歌。音階確認?」
「そんな感じ。」

「みおって変なところあるよね。吹奏楽部なのに自主練のとき音合わせ用のチューナーじゃなくてピアノのメトロノームに合わせて練習したがるし。てかそれ何。そのカバンについた金管楽器キーホルダー。」

「これ? 居残り練習してたら副部長の北川先輩からもらったんだ。」
「えっ!北川先輩っ!?ずるいっ」
「……ちょっと、帰りが一緒になって、ね。」
「あとで詳しく聞かせて!」



斜め後ろで私たちはチューバ片手に座り込み、観戦に夢中の北川先輩を盗み見た。数少ない男子の先輩で誰もが憧れの人だ。

すると、
「さぁ。うちの中学も反撃するぞ。吹奏楽部起立!」
と北川先輩が合図したので私たちは楽器片手に一斉に立ち上がった。



そして、息をすうっと吸い込み、指揮者の合図と同時に私たちは一斉に楽器を鳴らした。それはすぐに音楽となり球場の景色を見下ろした。

私たちの音楽が、誰かに届きますように。
あわよくば私が、誰かの学校生活を彩れますように。

また、誰かを好きになれますように───。