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「内浜ってよその中学に彼女いるんだろ? 今日来てるの?」
「うん。あの子。」
市民球場の観客席に集まる応援の同級生、保護者、地域の野球関係者のなかにアイツがいた。ユニフォームを着ているおれと目が合うと一目散に駆けてきた。
「亮っ!大丈夫?肩ガッチガチじゃん。三者凡退いけるー?」
「え、本物の彼女!?」
「はぁまぁ。兼マネージャーみたいな……。よその中学の二年生。」
「はじめましてー、コイツ意外とムッツリだから気をつけなよー?だって合宿のときなんか」
「しってますよ」
紗綾は試合前とは思えない和やかな雰囲気を醸し出し、おれがバッテリーを組む同級生と盛り上がっている。選手が集うベンチのすぐ近くにぐいぐい出てこれる気の強さが羨ましい。脇の下にはスコアブックを挟んでいて、高校では野球部のマネージャーになることを本気で目指しているからこその行為なのだろう。
その二人の会話を、おれは水分を取って上半身の柔軟をしながら座って聞いていた。
「内浜って変人じゃん。普段何話してるの?合宿でもお菓子やカップメン大量に持ち込んで怒られてやんの。……紗綾さんって、もしかしてクラシックマニアだったりする?」
「なんで?」
「合宿の挨拶のときに、内浜、変な精神論演説したんだ、それがマジで爆笑ってのなんの。特にピアニストのやつ!」
"不器用なピアニストはテンポも狂うし力加減もめちゃめちゃ。世間的には下手くそと言われるかもしれない。でも引き込まれるほど楽しそうに一生懸命弾くんだ。叩かれようがなんと周りに言われようが感情をぶつけて力にするんだ。それがどんなに心を打つか、どんなに自分を高めるのか知ってるか。"
「これ誰か偉人の言葉なの?すげぇよ。一年でリリーフ任される大物なだけあるなコイツって思ったもん。」
「違うよそれ、小学生のときの女の子のことだよ。私も見に連れ回されたもん。」
「まさか初恋の相手?」
「そうだよ。」
おれは呟くとすぐさま立ち上がって、コーチに指示された所定の位置にペットボトルを置きに行った。
「なんか言った?内浜?」
「別に」
後ろで円陣の声かけが始まろうとしていたので、紗綾は慌てておれの手のひらに自分の手のひらを重ねた。おれたちの恒例行事だ。
「大丈夫。絶対亮はイニング押さえれる。毎朝一緒にトレーニングしてる私が言うんだから。」
「……ありがとう。行ってくるな。」
おれは監督とチームメイトの元へと向かった。
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