正面から私に向き合う彼は、
何か覚悟を決めたようだった。
「……みおには勝てないな。」
彼は震える唇を開き、
ぽつりぽつりと静かに語り出した。
「……どこから話そう。
クラブのこと、ほとんど誰にも話したことなくて、うまく言える自信ないけど……。」
それはもう一つの、私の知らない夢と恋の物語だった。
*
なんとなくボールをぶつける標的を人から壁にして、
それを繰り返してコントロールを身につけると話はとんとん拍子で進んだという。
その遊びを見ていた人に町内野球クラブの存在を教わりなんとなく入ったこと。
地域の少年野球大会に人数合わせのピンチヒッターで出て活躍したことがきっかけで注目されるようになったこと。
一方、サイテーとばかり言い続けてきた女子が急に掌を返してカッコいいと騒ぎだしたこと。
一緒にふざけて遊んでいた男子がどんどん勝手に夢を膨らませていること。
両親も保護者会のたびに大会の成績を言いふらしていること。
そして、クラブの監督が街にある強豪チームに移籍を勧めてばかりくること。
尊敬している女の先輩の紗綾さんが、怪我をして試合を干されたこと。
性別差の身体能力の問題だから仕方がない、と諦める紗綾さんの両親と揉めたこと。
紗綾さんを励ましたこと。好きになったこと。
なのにも関わらず、紗綾さんは中学進学と同時に野球の引退を決めてしまったこと。
女子は野球ができる環境が中学にあがるとなかなか整っていないと聞いて悔しかったという。
───
『内浜くんは、県立附属の中学に行ったほうが絶対いいよ?県大会常連の野球部があるんだから。監督の言う通り今から見学行ってきなよ。いやいや反抗して、暴投ばかりするのはどうかと思う。』
『やっ、でも紗綾はみんなと同じ市立中学に行くんだろ?』
『仕方ないでしょ。だって、女子の野球の部活なんてこの辺ないよ。……私は町内クラブで同じ空気だけで吸えたら充分。来月の試合も代打で頑張るから。』
紗綾さんのそのときの諦めたような空っぽの笑顔が忘れられないという。
『監督に頼んでも、無駄だよ。だって、仕方ないよ。』
───
初めてのことの連続でどうしたらいいか、分からなくて、変わるのが怖くなったのだと
彼はそうっと語り終えた。
逸らしていた目を、じっと据えて、自らの恋を真摯に話してくれた。