「それだけピアノに思い入れがあるんだろ。情けなくなんかないよ。……みおにはそんな言葉言って欲しくなかったよ。」
内浜の思いがけない言葉にびくっとした。
冷たい言葉。もう見放されてしまったのかもしれないと思うと足がすくんだ。
すると彼はゆっくり切り出した。
「確かに、他にいるよ……好きな人。野球クラブに。」
「……うん。」
怖くて顔が上げられなかった。どんな顔をしていたかは分からない。
電子オルガンの側に所在なさげに立ち尽くしている彼の足しか、見れなかった。
「手紙、突然のことでびっくりした。どうすればいいか、……ちょっと、分からなかったんだ。だって、学校ではクラブのことなんて他所の話じゃんか……。急に冷たくするのってそれって違うと思うし、みおと気まずくなんて、なりたくなかったんだよ。」
壊れそうな弱々しい、力ない声で、
彼はそれらの言葉を絞り出した。
彼は迷いを含んだ口調で、歯切れ悪くぽつぽつと話した。
「……おれ、今のまま、変わりたくないんだよ……。」
悔しそうな顔で噛み締めて語る内浜。
一体何を言いたいんだろう。
優柔不断な彼の、モヤモヤにどんどん巻き込まれていく。
こんな内浜は初めて見た。二年も片思いしている相手なのに初めて見る本気の顔だった。
こんな格好悪い姿は見たことがなかった。
そうか、これが恋をしている姿なんだ。
まるで私の鏡だ。
意味分かんない、と逃げることも出来ただろう。でも何かもしかしたら彼も重大な決断を迫られているのかもしれない。そう思うと彼を放置することも責めることもできなかった。
きちんと向き合わなきゃいけなかったんだ。
そうか。ちゃんと口で。言葉で言わないとだめだったんだ。
私はすうっと、引き寄せられるかのように、手を伸ばす。
彼の顔を両手で覆って、焦点の合わないその瞳をぐいっと見つめた。
長椅子に腰掛ける私と、腰の引けた男の子。
雪の降る窓の外を背景に、私たちは今から口づけを交わすかのように向かい合う。
そして指の腹を彼の頬肉に食い込ませた。
「…同情しないで。」