「内浜は何も分かってないね!それじゃあだめなの。ああしろ、こうしろって譜面に書いてあるとおりに弾けなきゃ。ピアノは意味がないの。」
「……そういうもんなの?マジ?」
「テンポも一定でなきゃ。メトロノームからぶれないように。」
「えぇ!みお、お前ぶれっぶれじゃん」
「ぶれっぶれだよ!」
「誰のせいだと思ってるの…」
私は下を向いた。違う、彼は何も悪くない。
「おれと仲良くなるからぶれっぶれだったような」なんて笑って内浜ははぐらかそうとしたけれど、
私が泣きそうな顔をしていることに気づいてギョッとして、すぐに大人しくなった。
でも、もう止まらなかった。
「他に好きな人いるなら、変に優しくしないで……!」
八つ当たりだ。こんなの。
電子オルガンの横に立ち尽くし顔を見せない私を、彼はさぞ不安そうに見上げていただろう。
窓の外にはちらちら雪が舞っていた。
「私、ピアノ辞めたの。」
「え……どうして?嫌になったとか……?」
「ううん。好きよ、好きだけど!習ってる限り、譜面通りに、それも難しい曲ばっかり弾かなきゃだめなんだもん。そうじゃないの、私のために、好きな曲だけを弾いていたいの!」
身体から力が抜け、私は鍵盤に乗せていた手をだらしなく投げ出した。
膝を眺めて、もうそこから顔を上げることが出来なかった。
「……情けないじゃん。下手だからやめるなんて」
違う。元々は幼稚園児の頃から、物心がはっきりしないときから習っていた。
でも、自分の意志で習い始めたものじゃないものを、
親の期待に応えられなかったものを
全て終わらせなくちゃならないとき、
どうしてこんなに情けなくなるのだろう。
好きだよ。好きだから今日まで続けられたんだよ。
それは内浜への気持ちも同じ。
いつの間にか恋に落ちて、恋をしていることが楽しくて、
毎日が色に満ちあふれて、向き合わなきゃいけないことにも向き合ってこれた。
どうして、叶わなかったら諦めなくちゃならないの?
全て終わらせなきゃならないの?
分かってる。仕方のないことだって。誰を好きになるかなんて勝手に決められない。
お互いが納得していない付き合いも習い事も、中学生へは持ち越せない。
こうやって一つ一つ精算して大人になっていくんだって。
ママが言ってた。
"次のステージにいかなきゃね"って。