ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド……



一年半ぶりに聞く旋律だった。
指運びはぎこちないのに、
彼の奏でる音はとても滑らかで清らかで、私の心までを撫でるかのようだった。



「……えぇとね、それでもいいんだけど、中指の下に親指をこう運ぶと、」


あの時の再現をしている心地になったのだろうか、私は安心していて油断していた。
鍵盤に置かれた彼の手の甲に、手を添えて気づいた。
彼の手は私よりも大きくなっていた。骨張っていて、もう小学生の手じゃないみたいだった。私の苦手なオクターブも余裕だろう。思わずびくっとして、そっと指を離した。


「あ……」

彼はびくっとし、視線を窓の外に移した。
沈黙が怖いのかもしれない。
強引に話題を変えてきた。




「ま、前から思ってたけど、みおのピアノってハラハラして面白いよな。」
「お、面白いって…馬鹿にしてる?」
「町内ピアノコンクールってのんびりしてて退屈だし眠いじゃんか。でもな、いっつもみおのところでちゃんと目が覚めるんだよ。だってみおは他の人より派手に弾くじゃん。だからついつい退屈なの忘れて見に行っちゃったんだよなぁ。……この冬も。」

「それ、矛盾してない?て、え」


──思わず、今まで意図的に逸らしていた目を向けた。そのとき初めて気づいた。彼と二人きりになるのは、手紙渡して、紙切れをもらってから初めてのことだったのだ。



「……め、目が覚める?」
「知らない?いつもみおが一番楽しそうに弾いてるんだよ。止まってもつっかえても、迫力があって全然飽きないの」



それは入賞しなきゃとか、そんなプレッシャーがないからかもしれない。
ただし、それは譜面通りに弾いていないということでもあり、ピアノコンクールにおいてはマイナスポイントでしかないのだけど。

てか、何。退屈とか言うならなんで毎回観に来るの?その言い方にカチンと来た。
しかも楽しそうに弾いてるって。……嘘だよ。いつも先生やママに叱られてばっかりなんだよ。急にそんな褒めないでよ。
私のピアノはどう彼に映ってるの?



いつもこう。
心が揺れ動いて、こうやって揺さぶりにかけられてきた。
でも、私は彼の本心が知りたい。
───ねぇ本当は何考えてるの?
溜めていた思いが、胸から上がってきて、
決壊した。