下校時刻になるとすぐ、彼はランドセルと大きなリュックを肩にかけて、
町内野球クラブの活動がある、市民グラウンドまで駆けていった。
なんだかストーカーみたい。そう思って足が少し震えたけど、
勇気を持って、一度だけ、と決めた。私はその軽快な足取りを追った。
学校から20分ほど歩いた場所にあるグラウンド。それを囲む緑のフェンスを覗くと、彼はそこに立って何かを待っている。
すると、送迎の自家用車から女の子が降りてきた。
その女の子は、野球のユニフォームを既に着込んで来ていて私服ではなかった。でも分かった。北会館での町内ピアノコンクールで居合わせた子だった。
二人は歩きながら素振りの練習をして、リュックからグローブを取り出して何やら話をして、そしてお互いの手のひらをそっと比べ合う。
内浜の手が女の子に触れた。
その瞬間だけ愛おしそうで、ふっと目を細めて口の端をキュッと結んだ。
あ、好きなんだと皮肉にも分かってしまった。
女の子はむすっとふくれっ面をして彼の肩を拳でついた。
「もう。ちゃんと監督に謝まんなさいよー」
その無頓着な振る舞いに、彼の片思いなんだろうなとすぐに分かってしまった。
仕草で分かる。
あの仕草は本当に好きな人に見せる仕草だ。
昔私に向けてくれた太陽のような笑顔をその女の子に向けていた。
「謝る。謝る。こないだのことも頼んでみるから。安心して。」
───”ごめん。野球クラブに好きな子いるから。友達でいよ。”
思えば、初めて内浜ときちんと話したときも、あの女の子みたいにきちんと謝るよう促したな。下手くそなソナチネを弾いて。
─── 一緒に謝ってあげる。
───"おれ、ゆかりに謝る。変なサンキュー!"
そうか。内浜。
君はあの笑顔を咲かせる場所を見つけていたんだね。
それはもう私の前ではない。
《《今、前を向いている子》》が好きなんだね。
囃し立てられて浮かれていたのは私だけだったのかな。もしかしてずっと迷惑してたのかな。
一体いつからなんだろう。
もしかしたら初めからそうだったのかな。
気がつけば大粒の涙が溢れていた。ぶわっと流れてきた鼻水を両手で押さえて、私は緑のフェンスにもたれて座り込んだ。
すする音が、チームメイトとストレッチをする彼に聞こえないように。ばれないように。
地面の土だけをもう長い時間眺めた。涙がこぼれ落ちて潤う雑草だけが情けない私を知っていた。
小学五年生の冬。
私は市民グラウンドのフェンス横で、こうしてたった一人で自分の肩を抱いた。
私は私のやり方でこの気持ちを片付けなきゃ、いけないんだ。
だって、いつまでもこんな腫れ物扱いは、
もう嫌だよ。