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来月には塾に通うためのテストがあった。浮いたお金で通おうなんてママは言うけど、クラスの子が塾に通い始めたのを真似したようにしか思えない。もうすぐ小学六年生になるってことはそういうことだ。
私は宿題のドリルをほっぽり出した。急にピアノが弾きたくなったのだ。
消音ペダルを踏んでお風呂に入るまでソナチネを弾こう。もう辞めたのだから、好きに演奏していい。
小学三年生のときピアノコンクールで指が絡まってしまった、一番大好きなクレメンティーのソナチネを、何度もページをめくって奏でた。展開部の強弱を楽譜よりもくっきり弾いた。
するとふっと内浜のことを思った。いつも彼への想いを奏でるために、吐き口としてピアノに向かっていたのだから仕方のないことだった。
この曲は、私を決して彼から離してくれない。
内浜とは、決して付き合いたかったわけじゃない。だけど、
───紙切れのたった一言で、私たちの関係はリセットされたの?
どうすれば良かったのだろう。
私の彼への恋は、
学校生活に与えてくれた彩りは、勘違いだったの?
私にとって、ピアノは何だったの?
なんで私はピアノを7年間も習い続けてたの?
なんで全部、終わらせなきゃならないの?
考えながら奏でていたソナチネは、間もなく長調から短調に転調する。
その短調の和音を強く叩きながら、
私はいつの間にか泣いていた。
それから数週間、私は狂うようにピアノに没頭していった。