今日も頭痛で目が覚めた。寝返りを打っても頭は痛くなる一方なので、あきらめて起きる。時計を見た。深夜二時半。家族を起こさないようにゆっくりとベッドから下りて、自室を出る。ズキズキと痛む頭に手を当てながら、夕莉(ゆうり)はリビングルームへと向かった。

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで飲む。分厚い遮光カーテンを開け、マンションの上階から見える東京の夜景を眺めた。ベランダに出ようかとも思ったが、まだ肌寒い四月の始めの夜なので、部屋の中で見ることに決めた。

 頭痛がひどい時には、街の夜景を見ると落ち着いた。
 下には人工的なネオンの輝き。ミニチュアのような車。上を見ると、ほんの少しの星と、黄味がかった真ん丸の月。こんな時、東京の空はなんてきれいなのだろうと思う。すべてが幻で、すべてが飾り物。これくらいがちょうどいい。親戚の家に行った時の、田舎の夜空は怖かった。こちらを見下ろしてくる星たちの大群。音もない世界。静寂に満ちた闇。あれは人間が知ってはいけない世界だ。現地の人たちは、毎日あの底のない得体の知れなさと触れ合っていて、気でも狂わないのだろうか。彼らは何を思い、何を考えているのか。東京の空を見るたびに思い出す。

 窓のそばに椅子を引いて座り、じっとネオンの光を見ていると、ふいに、リビングのドアが開く音がした。夕莉は振り向く。兄がいた。苦しそうに咳をしながら、先ほど夕莉がやったみたいに麦茶を飲み、テーブルに着く。

「夜景見ないの? お兄ちゃん」

 夕莉が問いかけると、兄の(みどり)はだいぶひどい咳をして、しゃがれた声を出した。

「どうせ見たって治らないから」

 本当の翠の声は渋みのある低音で、十代の男の子の中では、とても大人びた落ち着いた色気なのだが、今の彼は、持病の喘息のせいでひどい有様になっている。

「気休めでも見たほうがいいよ」

 夕莉はそう言うと、兄に手招きをした。翠は少し面倒くさそうな顔をしながらも、黙って椅子を動かして彼女の隣に来た。

 二人は何を話すでもなく、ただじっと真夜中の都会の街並みを眺め続けた。

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