とある荒野で向かい合う二人。
 吹き抜ける乾いた風が虚しさを演出する。

「準備はいいかい?」
「はい」

 微笑みから真剣な表情へと変える師匠。
 緊張感の高まりを感じて、俺は自然と身体に力が入る。
 そして――

「じゃあ始めようか」
「はい。いきますよ師匠」

 己の胸の奥にある力をイメージして、七色に煌めく雷撃に手を伸ばす。

 憑依装着――

 魔力が高まり、瞳の色が虹色に変化する。
 夢幻結界で得た限界へたどり着く術。
 悪魔エクトールとの戦いで使用した状態に、満を持して再びなる。
 そんな俺を見て、師匠はニコリと笑う。

「うん、いいね。その状態で動けるかい?」
「いけます」
「そうか。ならば軽く動こう」

 そう言って師匠は杖を取り出し、コンと地面をたたく。
 師匠はここで権能を発動。
 自らの背後に、異形の生物を大量生成する。

「さぁ、来なさい」
「はい」

 三分後――

 平らだった荒野に複数の穴が出来ている。
 爆発と衝撃を繰り返して、もはや最初とは別の場所になり果てていた。
 立ち昇る土煙の中から、師匠と俺が顔を出す。
 未だ臨戦態勢の師匠だが、俺のほうが先に限界を迎えた。
 瞳の色が戻り、憑依装着をとく。

「おや?」
「ここが……っ、限界ですね。これ以上続けると、しばらくまともに動けなくなります」
「そうか」

 師匠の背後の異形たちが消えていく。
 煙を巻くようにふわっと、影も形もなくなった。

「大体三分くらいかな?」
「はい。無理をすれば、十五分くらいはいけるんですけどね」
「いやいや、その後で倒れちゃ意味がないさ。それに三分もあれば、この間の悪魔程度なら十分だよ」

 今さらだが何をしているのかというと、憑依装着での戦闘可能の検証だ。
 師匠の夢幻結界のお陰で俺は、未来の自分の力を一時的に宿し、戦う術を手に入れた。
 その力、憑依装着を使って悪魔を圧倒したわけだが……

「あんなのがまだゴロゴロいるんですね」
「ああ。君が戦ったのは上位悪魔の一人だけど、地獄の支配者や幹部の手下に過ぎないからね」

 エクトール、グレゴア。
 どちらも聖域者を上回る強さを持っていたけど、それより上の悪魔がいる。
 聞いただけでぞっとする話だ。
 まぁ、でも……

「そのうちの一人を、ちゃっかり陰で倒しているとか。師匠も大概恐ろしい人ですけどね」
「はーっはっは! お褒めに預かり恐悦至極だね~」
「いや、半分は嫌味なんですけどね」

 違和感通り……いいや、思った通りというべきか。
 師匠と悪魔が戦っている様子を見た時、明らかに手を抜いているとわかった。
 シトネが危ない場面だって、俺が来ていると知ってあえて助けに入らなかったし。
 幹部の一人を倒したと知ったときはさすがに一瞬驚いたけど、師匠なら当然かとすぐに納得させられた。

「あまり怒らないでくれ。少々強引な方法だったと自覚はしているが、どうしても君を鍛えなくてはならなかったんだ」
「わかってますよ」

 師匠は意味のないことをしない。
 勝算がわからない無謀な賭けもしない人だ。
 すべては未来で起こる戦いのため、自分と共に戦える人材を育成していた。
 弟子である俺も、そのうちの一人だ。

「前にも説明した通り、いずれ彼らはこっちへ攻め込んでくる。今でこそ数人だけど、支配者の一人でも来たら、被害はこの程度では済まないよ」
「地獄の三大支配者……師匠より強いかもしれないって話は本当ですか?」
「うん。彼らに関して言えば、僕でも戦ってみないと勝敗は予想できない。本音はあまり戦いたくない相手だよ」

 師匠がそこまで言うなら本当なのだろう。
 いずれというのも、そこまで遠く離れた未来ではない。
 大昔にかけた地獄と現世を塞ぐ蓋も、長い時間で緩み続けている。
 さらに今回の件で聖域者の一人が欠けたことで、さらに蓋は緩んでいる。
 師匠の予想では、次に来るとすれば幹部が最低でも二人以上含まれるだろうとのこと。
 そして、悪魔は現世で死んでも魔界で復活する、という恐ろしい事実も知ってしまった。
 時間はかかるらしいが、師匠が倒した幹部も、俺が倒した悪魔たちもいずれ復活してしまう。
 こっちは一度死ねば終わりだというのに……

「最善の準備は、聖域者を増やすということだけど、神おろしを発動できるまで半年以上ある。そんな悠長に待っていると、あっという間に現世は乗っ取られてしまうからね」
「……厳しいですね」
「うん。それでもやらなくてはならない。僕はしばらく忙しくなるから、屋敷へもあまり戻れない」
「俺はどうするればいいですか?」
「う~ん、一先ずは普段通り学生として生活しておくれ。緊急事態は続いているものの、今すぐどうこうなる話ではない。僕らが慌ただしくしていることで、不安になる人たちもいるからね」
「そうですね。わかりました」

 俺が頷くと、師匠は優しい表情を見せる。
 少しばかりの申し訳なさを感じているみたいだ。