唐突に、風の音を数えられるほどの静謐な空間が辺りに広がる。
どこか厳かな朝の静寂に、なんとも高天原らしさを感じながら、真宵はわずかに身動ぎした。
ああ、体が重い。
そもそも人の体とは、こんなにも怠くなるものなのか。
思わずため息をつきそうになったその時、冴霧がひょいと覗き込んできた。
真宵の浮かない顔を見て眦を下げた彼は、どこか気遣わし気な眼差しで口火を切る。
「真宵」
「は、はい?」
「おまえ、今日から俺と暮らせ」
なんの前触れもなく投下された爆弾宣言。
真宵の思考が急停止する。
今なんと?
呆気に取られて愕然とする真宵を横目に、冴霧は足元に引っ付いていた白火を見下ろした。
白火も白火で理解が追い付かないらしく、大きな目をぱちくりさせている。
「おまえも来るなら変化しろ。真宵が抱けるくらい小さくなれ」
「く、くるとは……?」
「いいから早くしねえか。置いてくぞ」
慌てたようにぼふんと音を立てて、いつもの子狐姿へ変じた白火。
冴霧は容赦なくその首根っこを引っ掴んで、石化する真宵の腕の中に押し込んできた。
もふっとした毛玉が、困惑しながら真宵にしがみつく。
それを確認した冴霧は、存外丁寧な仕草で開きっ放しだった門扉を閉めた。
「えっ、なんで閉めるんです?」
「しばらく帰らないからだな」
「は?」
「そら、行くぞ」
いやどこに!?という真宵の当惑交じりの嘆きは、無情にも空気に掻き消えた。
全身に淡く神力を纏い、一瞬にして遥か空の彼方へ舞い上がった冴霧。
その口元に浮かんでいたイタズラな笑みに気づき、真宵はやはりこの神様とは結婚出来ないと心の中で悲鳴をあげたのだった。