「はっ? オレ?」
後ろで静かに控えていた赤羅が、唐突なご指名に素っ頓狂な声をあげた。
主の前だと借りてきた猫のように大人しくなる赤羅だが、今は相棒の蒼爾がいないのも相まっているんだろう。
いつもの快活さは、どこかに身を隠してしまっている。
「こいつがいれば、いつでも俺に連絡が出来るからな。万が一、なにか急を要することがあればそいつに伝えろ。調査も手伝わせて良い」
「ふむ……しかしそれでは、おまえの傍付きがいなくなるだろう?」
「構わん。──赤羅、おまえは向こうでいの一番に蒼爾と合流しろ。早急に的を絞り出したら戻ってこい。言うまでもねえが、怪しいと思ったもんは全部潰せよ」
赤羅は少々不満そうな顔をしながらも、反発はせずにこくりと顎を引く。
「でも主はん、オレらがいない間に無理せんといてな?」
「従者に心配されるほど落ちぶれてねえよ」
「そうやなくてさぁ……主はんってなーんか大事なところわかってへんのよなぁ」
冴霧が何の話だと虚を突かれたような顔をする。
呆れんばかりに深く息を吐きだした赤羅は、おもむろに手を伸ばして真宵の頭を優しく撫でた。
「ほんならお嬢、主はんのこと頼んだで?」
「え……う、うん」
「お嬢さえいればきっと大丈夫なんや。主はんは」
今度は真宵が何の話だと戸惑うことになる。
翡翠が赤羅を連れ立ち門扉を出ると、外はもうすでに朝日が登り始めていた。
無明に仄かな色が灯り、群青と黄金が境界をなくして朧気に溶け合う。
そのただただ美しい様を目を細めて眺めながら、翡翠はまるで尊ぶように微笑んだ。